東洋経済オンラインとは
ビジネス

ニチバンの隠れた名作「たばねら」…セロテープやケアリーヴではなく《野菜結束テープ》が倒産危機の会社を救ったワケ

5分で読める
たばねらテープ ニチバン
野菜結束テープ市場でシェア7割の「たばねら」テープ(写真:ニチバン提供)
2/3 PAGES

ニチバンの創業は1918年(大正7年)。薬剤師の歌橋憲一によって「歌橋製薬所」として誕生した。創業当初は硬膏や軟膏の製造が中心だったが、その後、硬膏の製法を応用してゴム絆創膏の製造に着手していた。

1947年、当時日本に駐留していたGHQは日本国内の手紙の検閲を行っており、封を閉じる時にセロハンテープを使っていた。だがこれを、いちいちアメリカから輸入するには時間も手間も費用もかかる。そこでGHQから声がかかったのが、ニチバンだ。

ニチバンは絆創膏製造の技術を応用し、セロハンテープを約1カ月で試作した。GHQの将校たちは、あまりの短期間で試作した、日本の技術力の高さに驚いたという。

商品化した1948年当初は、そもそも日本にテープで物を貼るという文化がなかったため苦戦した。しかし、発売翌年の1949年から4年後の1953年には売り上げは30倍に。10年後の1959年には約300倍にまで急成長した。

発売当初のセロテープとテープカッター(写真:ニチバン提供)
1951年頃のセロテープのパッケージ(写真:ニチバン提供)

こうして破竹の勢いで業績を伸ばしていった。だがここに暗雲が垂れ込める。1973年の第4次中東戦争がきっかけで世界経済を混乱に陥れた、いわゆる第一次オイルショックである。

オイルショックで約19億円の累積赤字に

オイルショックは日本をパニックに陥れた。トイレットペーパーや洗剤など、原油価格と直接関係のない物資の買い占め運動が起こった話は有名だ。

このあおりを受ける形でニチバンも業績が赤字に転落し、1975年時点で累積赤字が約19億円に達した。これは現在の貨幣価値に換算すると約50億円にも上る。まさに、企業存続の危機――だが、これを救ったのが、同社初の農産用商品、たばねらだった。

開発は順風満帆とは言えなかった。ただでさえオイルショックによる不景気の真っただ中。しかもこれまで世界のどこを探してもなかった、まったく新しい商品。会社の中でも「本当に必要なのか?」と反発があり、大議論が巻き起こった。

しかし、難産の末、世に出たたばねらは、売れた。当時は、あまりにも新しすぎるがゆえに、早朝、市場で実演してみせたり、農家を直接訪ねるなど地道な営業努力が続いたが、徐々に普及していった。発売からわずか1年で会社は黒字化。さらに2年後には累積赤字約19億円をすべて解消した。経営危機にあった企業を、ある意味、一商品が救ったのである。

3/3 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ビジネス

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数