「道具を作る人も、原料を作る人も、みんなが支え合ってつながっている。そのどれか一つでも欠けたら、和紙は作れなくなります」
後継ぎは、いない
上田さんには、2人の子どもがいる。だが、それぞれ別の職業についているという。
「今のところは、後を継ぐ気持ちはないんじゃないかな。自分の人生なので、好きにしてほしいと思っています」
無理に継がせようとはしない。本人の意思を尊重する。外部から継ぎたいとの声もあるという。だが、個人での育成は難しいと断っている。
「日本国内には、うちより大きい規模で和紙を作っている工房がまだあります。大きい工房のほうが育成の仕組みがあるから、そういうところで修行したほうがいいと考えています」
このままでは7代目で津山地区の和紙づくりの伝統が途絶えてしまうかもしれない。上田さんはこう語る。
「日本の伝統工芸は、複雑に絡み合っています。金箔を作る伝統工芸があれば、箔合紙が必要になるというように。父は、亡くなる半年前の81歳まで和紙を漉き続けました。私も元気なうちは作り続けたい。そして、伝統を残せる形を考えたい。今は、どんな形がいいのかまったく検討もつかないけど、考えないといけない時期がきましたね」
毎年、地元の小学生が体験学習で工房を訪れる。紙漉きを体験し、自分で漉いた和紙が卒業証書になる。校長先生が、児童一人ひとりの名前を筆で書いて手渡す。
子ども達の未来には、いくつの伝統工芸品が残っているのだろうか──。
横野川のほとりでは、今日も「ちゃっぽん、ちゃっぽん」と上田さんが紙を漉く音が聞こえている。

