簡単に気づかれるサービスは、ゲストにとってはあたりまえのことです。例えば、レストランで注文どおりの料理が温かい状態で提供されることや、ホテルの部屋が清掃されていること、商品に欠陥がないこと――これらは、ゲストが対価を支払うことで期待している最低限の価値です。だから簡単に気づかれるサービスは二流なのです。
しかし、「二流」と言いましたが、あたりまえの土台がしっかりしていなければ、その上に感動を積み上げることはできません。「二流」は必要不可欠なことなのです。
あたりまえなだけでは、沼るファンは獲得できないということです。
あたりまえの上を行くから「一流」なのです。
「ここまでやるのか」がファンを沼らせる
無駄を削ぎ落としたサービスは美しい。しかし、そこに沼は生まれません。簡単に気づかれないほどの徹底したこだわりに触れて初めて、ゲストの心の中に揺さぶりが生じます。「ディズニーはここまでやるのか」という驚きは、機能のすばらしさに対する感動をはるかに凌駕します。
「まさかここまでやるのか」
「こんなところまでこだわるのか」
こう言わせれば勝ちです。
そのこだわりは、自分たちの商品・サービスに対する狂気とも言える愛が、具体的な行動を通して表れたものです。この愛を感じたとき、ゲストの心に以下の感情が芽生えます。
「ここまで細部にこだわる企業であれば、見えない部分もけっして手を抜かないだろう」という絶対的な信頼感
「ここまで自分たちの商品・サービスに愛があるスタッフばかりなのか」という共感に基づく、企業への理念や文化全体へのロイヤルティー
この2つが、ただのファンを離脱不能な沼るファンへと進化させるのです。感動は常に、あたりまえの向こう側にあります。そこにあるのが、簡単には気づかれないほどのこだわりなのです。だから簡単に気づかれないサービスが一流というわけです。


