周囲が私を好ましく思うかどうかなんて、自分にはまったくコントロールできないってことは、のちに手痛い失敗を繰り返してわかった。だから、私を低く見積もる人たちに囲まれたら、さっさと退散することにした。私のことを「いいね」と言ってくれる人たちのところへ移動するために。
基本的には、放っておいたら生き続けてしまうのが私。だったら、居心地の悪いのはごめん。嫌いな人と以上に、嫌いな自分と一緒にいるのは、苦痛以外のなにものでもない。
いつからか、「なんのために生きるか?」という壮大な問いへの私の答えは「自分のことを好きでいるため」になった。好きになるために長生きするのではなくて、どうせ明日も明後日も生きちゃうんだから、自分を好きでいるほうが心地よい。
これからゆっくり考えよう
もし突然、命を失うようなことになっても、自分のことを好きなままでこの世を去りたい。
よって、あなたのことをもう愛さない相手と離れるのは、大正解なのだ。
悲しい気持ちは手に取るようにわかるけれど、人の心は縄ではくくれない。これからは、どんな自分が心地よいかを、多少ナルシスティックになってもいいから考えるといい。ただし、「こういう自分じゃないと認められない」って考え方には要注意。それって、自己否定でしかないからね。
……というようなことを、さめざめと泣きながら同じ話を繰り返す彼女の前で考えていた。いまはなにを言っても1つも耳に入らないことは、私がよく知っている。ぽっかり空いた穴になにを詰めるかは、これからゆっくり考えればいい。
道端に生えた雑草を見ても恋人を思い出してしまう時期は、そう長くは続かない。いまは連想ゲームの答えがすべて失った恋につながってしまうけれど、時間が解決してくれるから大丈夫。大恋愛からの大失恋に、心からのおつかれさまを。
あなたは本当によく頑張った。


