すでに連絡済の場合も、遺族が振り込み処理をすることは可能。既存と新規、2つの口座からダブルで引き落とされないように注意すること。その場合もダブった分を翌月に充当することは可能とのことでした。
遺族を訪問。先にお参り、次に香典
5つのツールを持って、悲しみに暮れるお宅を訪ねました。
●相続届
●名義変更届
●口座変更届
●返信用封筒
仏壇のある応接間に、妻、この日のために隣県から駆け付けた長男さん、「たまにお隣とあいさつするくらい」と言うC君、ぽっと出の理事長の私……故人が引き合わせてくれた4人が座っています。
私「まずお参りを……」
長男さん「ありがとうございます。(さっとロウソクに火をつけて)お願いします」
私(数珠を手に焼香し頭を下げる)、C君(さっと隣に来て私に倣う)
私「これは管理組合からです」(香典を供える)
妻・長男さん「わざわざありがとうございます」
その後、お茶が振る舞われ、故人をしのぶ温かな時間が過ぎました。「しのぶ」といってもなにしろ全員がほぼ初対面ですから、どちらかというと自己紹介のような形になりました。
私「お宅に伺うのは初めてですね」
遺族の妻「最初からお住まいなの?」
私「はい。途中、結婚していた時期は外に出ていたのですが」
C君「僕は中学生の頃、引越ししてきて」
遺族の長男さん「(C君の亡くなった)お父さんが引越しのごあいさつにいらしたのが昨日のことのようです」
私「(C君のお父さんは)イケメンやったって聞いてるで~」
C君「態度がでかいだけで(笑)。亡くなった今もこうして覚えていただいてるなんて」
遺族の妻「C君のお母さんは早くに亡くなられましたね」
C君「はい。57歳でした」
私「え?! 今の私と同い年……(複雑な心境)」
正直、私だって重苦しい任務に気乗りしていませんでしたが、実際に訪ねてみると、その場はゆったりとした癒やしの空気にあふれ、新しいつながりを実感できたように思います。
また「階段の交流はない」と言っていたC君を、階段の人たちが「C家の次男坊」として温かく見守っていてくれている様子が見てとれたことも収穫でした。
竣工(1981年)当初は30歳代、40歳代の働きざかりだった親世代も、今や70歳代、80歳代になりました。相続か、売却か、決断を迫られるお宅も目立つようになっています。
自主管理から一部管理委託へ舵を切った当団地。親世代から第二世代へ、果たして当団地の管理組合の世代交代はうまくいくのだろうか……そんな心配も頭をよぎる中、C君の一件は、第二世代が階段のコミュニティーの一員として成長していく道筋を照らす希望の光のように思えたのでした。
文/水野康子
