花畑さんのキャリアは、新卒入社した毎日新聞と共にあった。
広告、デジタルメディア、事業本部と渡り歩き、役職は局次長に。順風満帆なように見えるが、19年5月、56歳の頃に早期退職者を募るメールが届く。実質的なリストラに応じる形で、花畑さんは同年9月に34年の会社員生活を終えた。
「会社に残っても、定年になると部下に指示される立場になってしまうんです。僕も先輩を指示する立場にいて、すごく気を遣っていた。同じような気遣いを部下にさせるのが嫌だったので、先のことは考えずに手を挙げたのが正直なところですね」
表参道のビルにオフィスを構えた
花畑さんが選んだ道は、起業。しかし、何をやるのかは具体的に決めておらず、とりあえず毎日新聞で経験があったイベントの企画・運営を主な事業に据えた。
会社設立の手続きを専門家に依頼し、ホームページやパソコンなども準備。見栄えを意識して、超高級ブランドが入る表参道のビルでシェアオフィスを借りた。退職して1カ月後に10月に起業したとき、すでに資本金の300万円は半分になっていた。
「見栄を張っていた部分もあったし、今思えば無駄なお金でした」と花畑さんは言う。
しかも、ほぼ勢いで起業したため、仕事のあてはなかった。ランニングコストだけがかかり、退職金にも手を付けざるをえない状態。そんな中で、花畑さんは会社員だった頃との違いを痛感したという。
「今までは『毎日新聞の花畑』として、いろいろな人が連絡をくれましたが、起業した後は誰一人見向きもしてくれません。電話も来ない、メールもない。会社の看板に守られているのが大きなことだと、頭ではわかっていましたが、初めて痛烈に感じましたね。これまでの仕事も何とかなってきたので、起業しても何とかなるだろう、と思っていました。けれど何とかなっていたのは、大手新聞社にいたからだったんです」
