「強制されないから、『やらされている』感覚がない。自分で選んだ以上、やめるのも自分の判断になる。そうやって、好き嫌いの輪郭が早めにはっきりしていったんです」
たとえばゲーム。彼は深夜2時までコントローラーを握る夜もあった。普通なら親が止める場面だが、母は一緒になって、ゲームの攻略に熱中した。
「最後までクリアしてしまえば、もうやらなくなる。やめるときは『負け』じゃなくて『攻略成功』なんですよ。中途半端に取り上げられていたら、たぶん大人になってからもずっと未練を引きずっていたと思います」
熱中させ、飽きるまで付き合う。「マイクロマネジメント」ではなく「ディレクション」――。粂原家のスタイルは、いまの彼の言葉で表せばそういうことになる。
競技かるたとの出会い
小学生時代のエピソードに外せないものがある。『まんが百人一首』との出会いだ。これが彼の人生を変えることになる。
彼が育った群馬には、地元の偉人や名所を詠み込んだ郷土かるた「上毛かるた」がある。県の子どもなら誰もが知っている文化で、競技人口は野球よりもサッカーよりも多い。彼も「札を素早く取る」感覚にはなじみがあった。
そこに百人一首が加わる。読み札の音、決まり字、暗記、反射。気がつけば夢中になっていた。
小学5年生で競技かるたを始め、中学2年で四段を取得。高校1年で、社会人まで含めた最上位のA級クラスで優勝し、団体戦では主将として、群馬県チームを初の全国優勝に導いた。
過集中という「偏り」が、一気に追い風に変わった瞬間だった。
「かるたは、たった100枚の札と向き合うだけの競技なんです。視野を狭くして、雑音を消して、今この瞬間に没入できる人が強い。世の中では『集中の偏り』は短所として扱われがちですが、かるたの世界ではむしろ才能になる」
母が無理に矯正しなかった少年の性質が、競技かるたという狭くて深い世界で、「強さ」と呼ばれるようになった。
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【その先は順風満帆ではなかった】
