「母は、僕が脱ぎ捨てたランドセルを開けて、プリントを出し、宿題を確認して、明日の時間割をそろえてくれていたんです。だから僕は、朝になったら『準備済みのランドセル』を背負って出ていくだけでよかった」
普通なら「自分で準備しなさい」と叱るところを、母は叱らなかった。代わりに、淡々と段取りを回した。
「あとから振り返ると、母は『この子は集中の方向が独特で、段取りは苦手だ』と早い段階で見抜いていたんだと思います。だから、苦手な部分をムキになって直そうとはせず、僕の集中を切らないようにだけ、横でそっと支えてくれていた」
印象的なエピソードがある。
宿題で読書感想文が出たときのこと。本を読むのは好きだった粂原少年だが、感想を「書く」という作業には強い抵抗があった。
そんな彼のところに母は数冊の本を持ってきた。「どれが面白そう?」と1冊選ばせる。読み終わるとソファに並んで座り雑談のように感想を引き出した。
「『どこが面白かった?』『主人公はどう思ったんだろうね』って、ただおしゃべりしていただけ。でも喋っているうちに、書くべきことが頭の中でできあがっていて、原稿用紙に向かうと意外とスラスラ書けたんです」
本人は「自分の力で書いた」と思っている。だが、その入り口に導いていたのは確実に母だった。
「ディレクションだけして、答えは教えない」――粂原さんは、いまの自分の教育観をそう語るとき、必ず母の姿を思い出す。
「やめていい習い事」で好き嫌いの輪郭が鮮明に
母親の関わり方は、習い事においても一貫していた。
水泳、書道、絵画、英会話、野球、テニス、ローラースケート。少し書き出しただけでも、彼が触れた習い事はあまりに多い。だがそのほとんどは、本人の意思で始まり、本人の意思で終わっている。
「母は『こういうのがあるよ』と教えてくれるだけ。やる、やらないも、続ける、やめるも、全部僕に任されていました。友達と遊ぶ約束ができたら、塾も習い事も平気で休ませてくれた。『友達との約束は優先しなさい』というのが我が家のルールだったんです」
これは一見、放任のように見える。だが粂原さんは、「あれが一番大事だった」と振り返る。
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【やらされている感覚がない】
