そんなある日、日本の実家が火事になった。その知らせを聞いた政子さんに、幼い娘が言った。
「もう日本のおうちはないんだよ。ママのおうちはここだよ」
その言葉に、はっとしたという。
「この子は、いつか私が日本へ帰ってしまうんじゃないかって、不安だったのかもしれない。それまでは、私も日本に執着していたんでしょうね。これじゃいけないな、と思ったの」
60代で夫に突きつけた離婚
日本という帰り道を手放した政子さんは、スペインで自分の世界を広げていく。
ピアノ教師、翻訳、日産自動車の通訳、そしてガウディ建築「エル・カプリチョ」の運営マネジャー。次々と新しい仕事に飛び込み、「自分の世界を持っていたかった」と振り返る。その感覚が、異国で生きる支えになった。
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【離婚を切り出したときの夫の反応】
