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「学歴ロンダリング」という侮蔑がもたらす日本社会の生産性低下、AI時代にこそ求められる「虚往実帰」の精神

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空海
歴史を振り返れば、見えない学びを鮮やかな成果へ転じた先人がいる(写真:Andy/PIXTA)
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どのような学歴を積み上げたかだけで評価が決まるわけではなく、その後の振る舞いによって社会的な信頼は大きく揺れ動く。学歴は過去の一断面にすぎず、人間の全体像を決定づけるものではない。どこで学んだか以上に、積み重ねた経験や行動によって評価は常に更新され続ける。

研究者の世界には「学位(博士)は足の裏の米粒」という自嘲的な言葉がある。取らなければ気持ち悪いが、取ったからといって食べていけるわけではない。この皮肉は学歴全体にも通じる。

学歴や学位はゴールではなく、あくまで通過点にすぎない。学び直しを「学歴ロンダリング」と決めつけて見下す態度も、大学院を出れば将来が保証されると過信する見方も、人間を特定の枠組みだけで判断しようとする偏りから生まれる。

現代社会でこそ問われる「学歴」の真の価値

人間は経験を通じて変化し続ける存在であり、その変化の軌跡を適切に捉える社会の眼こそが、学び直しの真の価値を決定する。

近年では、高学歴を前面に打ち出すアイドルやタレントも珍しくなくなり、難関大学出身であること自体が話題性や信頼性の一部として消費される場面も増えている。かつては個人の内側にとどまっていた学歴は、いまや可視化され、戦略的に用いられる「資源」へと変化しつつある。

しかし、そうして獲得された注目や期待は固定的な評価ではなく、その後の言動や実績によって容易に増幅も失速もする不安定な価値でもある。学歴がセルフブランディングの一部として機能するからこそ、それを支える継続的な実践の有無が、これまで以上に厳しく問われるのである。

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