大卒という学歴の希少価値は下がり、「大学インフレ」状態だ。専門職大学院の増加に伴い「大学院インフレ」がさらに進み、修士の価値も下がっていく可能性がある。
偏差値のピラミッドが変わるのに時間がかかるとすれば、大学院でも人気校への集中は加速するだろう。その過程で、日本の大学院において留学生の割合がさらに高まる可能性は否定できない。大学院生がすべて留学生という大学も見られる。
日本の文系学部生の多くが就職を選んで大学院を敬遠するのは、修士・博士を正当に評価しない日本企業の実態を肌で感じているからだ。
日本企業では修士を取得したからといって、社内での評価が急に高まるわけではない。賃金も上がらない。そのような事情がわかりながらも、実務経験を重ねたうえで本当に学びたくなったとき、問題意識を持って専門職大学院で研鑽を積む姿は、健全な学びの形といえるのではないか。
実際、学部レベルでは低偏差値とされる大学の専門職大学院でも、名門大学出身者が学んでいる。彼らは大学院名などまったく意識していない。世俗的な欲がないといえば言いすぎかもしれないが、学びを楽しみながら深め、良きネットワークを築いている。
自発的な学びが学歴社会を変える
こうした姿を「自己満足にすぎない」と揶揄する人がいるのも事実だ。そう言われたとしても、自己満足は、他人からの評価ではなく、自分自身が納得できているかで決まる。これは、内面から湧き出るやりがいを大切にする心模様であり、精神衛生上も好ましい。
このあり方は「自己決定理論」に基づいている。 人間には、強制されて動くのではなく、「自ら決めて動きたい(自律性)」「能力を高めたい(有能性)」「誰かとつながりたい(関係性)」という3つの根源的な欲求がある。自己満足は、偏差値や世間の評判といった「外的な報酬」ではなく、学ぶ楽しさそのものに突き動かされる「内発的動機づけ」が満たされている状態だ。
こうした自発的な学びが広がることで、既存の学歴社会が少しずつ崩れていく可能性は十分ありうる。
(後編に続く)
