「学歴ロンダリング」という言葉の背景には、日本の文化的・歴史的な事情も無視できない。日本社会では、人を名前より肩書や役職で呼ぶ文化が根強い。「先生」「住職」「親方」「社長」「院長」「学長」など、個人の名前ではなく社会的なポジションが呼び名になる。
歴史をたどると、江戸時代の身分制度が崩れた後も、明治以降の近代化は職業や学歴による新しい序列を生み出した。帝国大学出身者とそれ以外の人との差は、制度だけでなく文化にも深く刻まれた。戦後の学制改革で形の上では平等になっても、学歴で人を並べる感覚は長く残り続けた。
現代では、SNSがその傾向に拍車をかけている。プロフィール欄に高学歴を並べることが、自分を売り込む最も手っ取り早い手段だと考えるフシがある。詐欺サイトのプロフィールに海外の有名大学名と高い肩書が並ぶことが多いのも、それを逆手に取った証拠だ。
修士論文を課さないトップ校の大学院
こうした「過去の学歴が評価を左右し続ける」構造が変わるきっかけになりそうなのが、2003年に始まった専門職大学院の制度だ。
それまでの大学院が主に研究者の養成を目的としていたのに対し、専門職大学院は高度な実務力を持つ社会人の育成を明確な目標に掲げている。法科大学院、MBA(経営大学院)、公共政策大学院、会計大学院など、分野は幅広い。
入試も大きく変わった。多くの専門職大学院では筆記試験の比重が下がり、研究計画書と面接を中心とした選考が増えた。業務実績や職務経歴が重く評価されるようになり、場合によっては大学卒業資格がなくても、同等の実務実績があれば受験できる。
象徴的な例がある。TBS系列の情報番組「ひるおび」のMCとして知られる恵俊彰氏と二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)はいずれも、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で修士を取得した。大学院はもはや研究者だけの場ではない。
名門大学の大学院でも、選抜方法は学部の5教科入試とはまったく異なる。京都大学経営管理大学院(京大MBA)の場合は、TOEICのスコア提出、小論文、筆答試験の3科目。社会人特別選抜では学修計画書と面接が重視され、26年度の入試倍率は一般入試の5.12倍に対して特別選抜は2.89倍だった。
京大MBAは月曜日から土曜日までの全日制でオンライン講義がない。土曜日や夜間のみでは修了できないカリキュラムで構成されており、有職者は休職や退職して通学するのが一般的だ。なお意外にも、修士論文は課されていない。
同様に、ハーバード大学、スタンフォード大学、ペンシルベニア大学など、アメリカの有名なビジネススクール(経営大学院)でも、ケース・メソッドによるディスカッション形式の授業が中心になっており、修士論文を提出しなくても学位(MBA)を取得できる。一方、一橋・早稲田・慶応・筑波・大阪・神戸・横浜国立・東京都立・東京科学などは、修士論文執筆に大きな教育的価値を見いだしている。
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【大学院の入試で問われるものとは?】
