台地はゆとりのある戸建て住宅街となっている。
台地と低地で景色が異なる理由
なぜ台地と低地で景色が異なるのか。街の歴史をたどると、その理由が見えてきた。
水の便がよく日当たりのよい高台では、古代から人が住んでいたと言われている。落合遺跡では住居跡や遺物が発見されている。
時が過ぎ江戸時代、1657年の明暦の大火後、新宿区では被害のなかった牛込、四谷、市谷地域に武家屋敷や寺社が流れこみ、市街地がつくられた。だが、落合は近郊農村のまま。台地には畑、神田上水(神田川)と妙正寺川周辺の低地には水田が広がっていた。
明治末期から大正にかけて、畑や水田は姿を消していく。1904(明治37)〜1905年の日露戦争後、東京市街地の過密、地価の高騰により市街地から近郊へ人々が移住していたのだ。
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【関東大震災をきっかけに変化が訪れる】
