同情するどころか、むしろ、「ここまでやるのか」と距離を取りたくなる瞬間のほうが多い。それでも目が離せないのは、彼女が決して崩れないからです。転落しても、何度も這い上がってくる。誰かに許されるわけでも、贖罪するわけでもなく、ただ自分の欲望の強さだけで戻ってきます。
細木の半生を振り返り、弟(細川岳)が含みを持たせて語る「姉ちゃんがすごいのはね、目的地を決めたら必ずそこにたどりつく」という言葉にも集約されています。
現代の価値観からすれば異物に見える細木ですが、唯一、人間的に見せたのが、島倉千代子から巧みな反撃を受けた時なのかもしれません。決して美しいシーンではありません。それでも、後に怪物のようになっていく細木が、まだ未熟な感情を残しているからです。それを見て、どこか胸がすく感覚を覚えます。しれっと「人生いろいろ」を流す皮肉な演出も効いています。
終盤に不満も、強烈な生き様に衝撃を受けた
不満があるとすれば、細木が語る内容との食い違いが明らかになっていく終盤の勢いです。言ってしまえば、この展開そのものに大きな驚きがないからです。彼女が本当のことを語らない人物であることは、むしろ最初から示唆されています。自分の人生すら“演出”し続ける。その徹底ぶりこそが細木という人物の本質なのでしょう。
真似したいとも思いません。それでも、なぜか見続けてしまう。共感や教訓を前提に設計された多くのドラマと比べると、本作はあえてそれを差し出さず、ただ圧倒してきます。細木数子という“安全牌”から始まりながら、最終的に残るのは、説明のつかない不気味さです。1人の人間の強烈な生き様がただただ刺さります。
