永瀬に向けられたコメントを読んでいくと、興味深い傾向が浮かぶ。
例えば、ネットニュースについたコメントで多くの「共感した」を集めたのは、《誰も注意しないなら彼も可哀想な存在ですね。Diorに相談したなら対応した人も一般常識が無かったということでしょう》というもの。
続いて、《アンバサダーしているDiorで購入したなら、接客したDiorのショップスタッフのミスでは?若い男性は冠婚葬祭の経験少ないですし》という声。
批判は確かにある。しかしその矛先は永瀬本人よりも、「教えなかった事務所スタッフ」「適切なアドバイスをしなかったディオールの店員」「注意しなかった友人」——つまり、本人よりも周囲の人たちへ向いている。
まったく逆の例もある。筆者が先日寄稿した、女優・モデルの三吉彩花(29歳)のタトゥー公表をめぐる炎上。
三吉へのコメント上位に並んでいたのは「役が限られる」「仕事への影響が心配」という、本人のキャリア判断への採点・値踏みだった。批判の形が、永瀬の件とは明確に異なる。
脳は「黒」を意識より先に処理する
なぜ同じ「見た目マナー」をめぐる騒動でも、批判の形が変わるのか。そしてそもそも、なぜ私たちは見知らぬ他人の見た目マナーを指摘せずにいられないのか。
この現象は、偶然ではない。進化心理学と行動科学によれば、明快な答えを持っている。
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【「あ、黒いネクタイだ」という認識の速さ】
