「国民的公共財」として法的保護に値するかどうか、疑問がつきまとう。オリンピックならまだしも、WBCを対象に指定することへの合意形成は容易ではない。サッカーW杯は? ラグビーは? バレーボールは? 何を基準に決めるのか。
UA権の概念が欧州で生まれたのは、1990年代に有料の衛星放送が普及し、サッカーW杯などを無料で見られない国民が増えたからだ。そこには「サッカーは国民的イベントである」という共通認識が元々あった。
ちなみに、イタリアではサンレモ音楽祭などの文化イベントもUA権の対象になっている。欧州域内では、何が国民的イベントかは各国で共有できた。
一方、スポーツが外来文化だらけの日本では、何が国民的イベントかはすぐに結論は出ないだろう。議論に何年もかかるかもしれない。
現実的な解決策は「無料」ではない
日本でのUA権を想定する際の「国民みんなが見られるようにすべき」という議論は、暗黙のうちに地上波テレビ放送を前提にしている。だが、その前提自体を疑う必要がある。
若い単身者の間でテレビの所有率は低下している。さらに、民放が4局ない県ではこれまでも特定のネットワークでの中継が視聴できないケースが生じていた。地上波テレビはすでに「全国民が視聴できるメディア」ではない。
しかも、NHKの受信料制度がある以上、厳密には「無料」ではない。月額料金で考えればネットフリックスより高い。
「地上波で無料」という主張は、実態として高齢者偏重の制度設計になりかねない。地上波テレビこそが解決策との考え方は、もはや時代に合わなくなっている。
本当に「国民の大半が無料で視聴可能」にすることを目指すなら、むしろYouTube(ユーチューブ)のような無料配信プラットフォームのほうが理にかなっているかもしれない。いまや高齢者の多くがユーチューブを当たり前のように見ているのだから。
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