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「砲弾が飛び交う極限の状況で育ち…」朝ドラ「風、薫る」で注目"鹿鳴館の華"と呼ばれた大山捨松の生涯

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ドレスを着た女性
鹿鳴館の華と呼ばれた大山捨松の生涯とは(写真:SEKIGUCCI / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

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NHKの連続テレビ小説「風、薫る」がスタートした。日本の看護師のパイオニアとなった大関和(おおぜき ちか)と鈴木雅(すずき まさ)を主人公のモチーフとしている。時代は、明治。医療の現場は男性のもので、女性が医療分野の仕事に就くことへ理解がまだなかった頃のことである。看護の世界に飛び込んだ二人はいかにして、日本近代看護の礎を築いたのだろうか。著述家で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。
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会津の砲煙の中で育った一人の少女

NHK朝ドラ『風、薫る』でキーパーソンの一人となっているのが、多部未華子さんが演じる大山捨松(すてまつ)である。どんな生涯を送ったのだろうか。

安政7(1860)年、会津藩家老の山川重固の末娘として、一人の少女が生まれた。幼名はさき。のちの「捨松」である。

生まれた時にはすでに父は世を去っており、祖父と厳格な母に育てられた。母は子どもたちに軍記物を読み聞かせながら、武家の娘としての心構えをことあるごとに叩き込んだという。そんな母の薫陶が、捨松にとっては、後に激しい試練を乗り越える精神力の源となる。

捨松やその家族の運命を一変させたのが、慶応4(1868)年に勃発した会津戦争である。

8歳の捨松は家族とともに鶴ヶ城に籠城しながら、弾薬の運搬を担った。

朝ドラ「風、薫る」の15回放送では、捨松が戦火に遭った幼少期を回想するシーンがあった。実際の捨松も、砲弾が飛び交う極限の状況を間近で体験していた。砲弾の炸裂によって義姉を亡くし、捨松自身も首に傷を負ってしまう。

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【函館のフランス人家庭に預けられることに】

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