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学校も保護者も"ランドセルをやめられない"のはなぜ?リュック型もある、文科省も「毎日持ち運びは無理」と認めたのに…

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ランドセルを机に載せる小学生
ルールで決まっているわけでもないのにランドセルが圧倒的多数なのはなぜなのか(写真:TSUYOSHI / PIXTA)
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もう1つ見逃せないのが、ランドセルが持つ文化的な意味です。ランドセルは単なる鞄ではありません。「1年生らしさ」と強く結びついた存在です。

実際、「ピカピカの1年生」というイメージにはランドセルがセットで登場しますし、「背中で笑ってるランドセル」と表現されるように、文化の中に深く組み込まれています。

体の小さな子どもが、大きなランドセルを背負っている姿を「かわいい」と感じる。この感覚は確かに存在しますし、それがランドセルを残している一因でもあります。

黒や赤だけでなく年々カラーは増加、最近はくすみカラーが人気だという(写真:編集部撮影)

ランドセルは後ろに張り出す構造のため、子どもにとっては身体の拡張のような状態になります。机や棚にぶつかる、周囲の子どもと接触する、物を引っかけて落とす。こうしたことは現場では日常的に起きています。

つまりランドセルは、「文化としては納得できる」一方で、「道具としては必ずしも合理的ではない」という二重の性質を持っているのです。

ランドセルが象徴する「一律」という思想と合理性とのズレ

もう1つ見落としてはいけないのは、ランドセルが持つ「一律性」です。本来、道具は体に合わせて選ぶものです。靴も、服も、道具もそうです。しかしランドセルは違います。体が小さい子も、大きく成長した子も、同じ形、同じサイズを使い続ける。

いわば、「全員Mサイズ」です。1年生には大きすぎる。6年生には小さすぎる。それでも変えない。ここにあるのは合理性ではなく、「一律であること」の優先です。

ランドセルは軽くありません。小学生の90.4%が「重い」と感じています(フットマーク調査)。平均重量は約3.94kg、6年生では5.4kgに達します。これは明確な負担です。

だからこそ文部科学省も2018年に「置き勉」を容認しました。つまり国も、「毎日持ち運ぶのは無理がある」と認めています。それでも、ランドセルは変わらない。ここに「合理」と「現実」のズレがあります。

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【ランドセルを選ばされていないか?】

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