小川氏はさらに「あんなもの(総理の座)になりたいという人がいたら逆に聞きたい。その職責の厳しさと難しさ、犠牲にするものをわかって言っているのか」と力説。ただ、「覚悟があると言う人が時々いるが、そんなものは実体のない虚に満ちたものだ。覚悟というのはその都度その都度の言動、行動から読み取るしかない。自分で覚悟があると言っているのにろくなものはないと思う」と言い放った。
そうした小川氏の言動に対し、玉木氏は将来的に首相として国政を担いたいとの意欲を隠さない。
25年春に川崎市内のタウンミーティングで外交に積極的な理由を問われた際、「国政政党のトップとして外交は非常に重要だと思っている。世界の中で、とくにアジアの中で、日本が主体的リーダーシップを発揮できる国にしたい」と強調した。
さらに、その目的について「総理大臣になるためだ。総理大臣の仕事の半分以上は外交だ。外交だけは国会議員、とくに国政のトップが担う役割が大きい」と語っている。
その玉木氏は、同年10月の国会での首相指名選挙で野党統一候補として浮上した際にも「公党の代表として内閣総理大臣を務める覚悟はある」と明言した。
ただ、これに前後して自民党内でも「玉木首相」説が取りざたされていたことから、政界関係者の間では「首相を目指すというのに、『こっちがだめならあっち』では誰も信用しない」(自民党長老)との批判も相次いだ。
因縁を超えて共闘態勢を作れるか
そもそも、先の衆院選での野党の“記録的惨敗”は、「主要野党である中道と国民民主党が、政権を担うための構想も固められずに足の引っ張り合いをした結果」(政治ジャーリスト)であることは否定しようがない。
野党リーダーを自認する小川・玉木両氏にこれから求められるのは、「近い将来の政権交代を視野に入れて、いかに次期国政選挙での共闘態勢を作れるかどうかだ」(同)とされる。今後は、両氏が「本当の盟友」になれるかが問われる局面が続きそうだ。
