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「やっぱり父親」 京都・男児遺棄事件で《事件を考察する人々》の恐ろしさ…"子どもの死をエンタメ化"したものの正体

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行方不明の子どもが遺体で見つかる事件が相次ぎ、人々の“考察合戦”が加速しています(撮影:今井康一)
  • 木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
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人を殺めるという残忍な行為は、家庭の問題というより個人の危険因子によるところが大きいと見るのが自然であり、第三者の臆測や持論は被害者を傷つけかねないうえに、事態の改善につながらないものなのです。

さらに恐ろしいのは、ネット上の臆測や持論は「被害者のために、社会のために、よかれと思って正義感を振りかざしたにもかかわらず、自分の心も傷つけかねない」こと。

被害者や社会を思いやろうとしながらも、結局、臆測や持論を語る自分を許してしまう。被害者を傷つけるかもしれないことも書いてしまう……そんな自分に甘く、被害者に厳しい行為に気付かないふりをしても、心までごまかすことはできないもの。

自分自身、心のどこかで「私が被害者の立場だったら書かれたくないことを私は書いてしまうんだ」「正義感を振りかざしているけど、書くことで自分がスッキリしているだけかもしれない」と気付いている人は少なくないものです。

悩み相談のコンサルタントでもある筆者に悩みを打ち明けてくれる相談者さんの中には、表向きは元気でたくましそうに見えても、心の奥はもろく、核心に触れると動揺し、涙腺崩壊してしまう人がたくさんいました。

知らない人の問題に過干渉なほど語るのに、自分の問題は触れられたくないし、放置したまま。そんな心のバランスを欠いた状態が続くほど、他人に厳しく自分に甘い生き方を心に刻みつけてしまい、家族や友人など大切な人との人間関係もうまくいかなくなってしまう……。

もし“何気ない書き込み”や“正義感のつもり”が自分と大切な人の人生を危うくしているのなら、すぐにでもやめたほうがいいのではないでしょうか。

近年、「事件のエンタメ化」が加速

今回の件でネット上に「やっぱり父親」と書く人の多さに怖さを感じさせられる理由がもう1つあります。

それは事件をエンタメ化して楽しもうとするスタンス。かつてワイドショーの視聴者や週刊誌の読者は「野次馬根性」などと揶揄されがちでしたが、近年はネットニュースの事件を楽しむようなコメントが増えていることに気付かされます。

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【「こうなったほうが面白い」というニュアンスの飛躍も】

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