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「やっぱり父親」 京都・男児遺棄事件で《事件を考察する人々》の恐ろしさ…"子どもの死をエンタメ化"したものの正体

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行方不明の子どもが遺体で見つかる事件が相次ぎ、人々の“考察合戦”が加速しています(撮影:今井康一)
  • 木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
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京都と新潟、どちらの報道にも、なぜ「悲しすぎる」「やりきれない」などと嘆きながらも無遠慮な言葉を書き込んでしまうのか。ましてや「もっと詳細を明かすべき」「対応が遅すぎる」などと警察に迫るようなコメントも少なくありません。

そもそもどちらの事件も家庭内の問題が多分に含まれているだけに、なぜ被害者の身内ではない人々に詳細を知らせなければいけないのか。せめて警察の発表を待つことさえできないのか。いくつかの点で疑問を感じさせられます。

なかでもネット上に「やっぱり父親」と書く人の多さに怖さを感じさせられました。

「やっぱり」と書くからには、第一報から現在までの間に報じられている内容だけで養父が犯人とみなしていたのでしょうし、それをSNSや記事のコメント欄に書き込んでいた人も多そうです。

家庭問題と殺人の因果関係は薄い

実際この間、「子連れ再婚はこういうことになりやすい」「母親は子どもが成人するまで恋愛すべきではない」「シングルマザーは自分がダメな男を選んでしまうという自覚が足りない」などのコメントを見続けてきました。いずれも偏見にほかなりません。

もともと事件の有無を問わず、他人の家庭事情に踏み込んで公の場で語ることは、「事実とは異なる情報を広げる」「当事者を否定するなど傷つけてしまう」などの可能性があり、迷惑行為と紙一重。

しかも臆測混じりの言葉を書き込むだけでなく、「こうだ」と勝手に評価を下すことの傲慢さを自覚していないことに驚かされます。

さらに言えば、もし事件当事者の家庭に問題があったとしても、「それが殺人につながる」という因果関係が必ずしも成立するわけではありません。

実際、「あなたが同じ家庭問題を抱えていたら、人を殺めてしまいますか?」と尋ねられたら、ほとんどの人が「それはありえません」と答えるでしょう。

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【家庭の問題というより個人の危険因子によるところが大きい】

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