その点、和は元家老の娘だから、家格としては本妻にするのにふさわしい。生活に窮していた大関家が地主である渡辺家との縁組にメリットがあったのと同様に、渡辺家にとっても、家老を輩出している大関家から妻を迎える利点があったのである。
里帰り出産を機に結婚生活から逃亡
福之進は妾との関係がバレたところで、どうせ離縁する勇気などあるまいと、高をくくっていたようだ。だが、和の我慢は日に日に限界に近づいていた。
「妾と別れなければ、家に帰ります」
そう迫っても、福之進は顔をしかめて立ち去るばかり。そんな息子を諫めるどころか、「これが本当に家老の娘なのかね」とため息をつく義母。和は、すべてが嫌になってきたに違いない。
その後も夫婦生活は続いたが、明治13(1880)年に長女の心が生まれると、和は意を決したようだ。
和が「実家で出産したい」というと、福之進は反対しなかったという。この頃には、ますます妾宅で過ごすことが増えており、夫婦仲は冷え切っていたからだ。
福之進からすれば、元家老の娘を形だけでも妻にしておけば、メンツも保たれ、あとは好き放題やればよいと考えていたのだろう。
だが、長女を里帰り出産した和は、もう二度と渡辺家に戻るつもりはなかった。実家で静養したのち、東京に向かっている。
22歳にして、シングルマザーとしての、第2の人生が始まろうとしていた。
【参考文献】
田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中公文庫)
田中ひかる監修『大関和 明治のナイチンゲールたち』(平凡社)
青山誠著『大関和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(角川文庫)
メディアソフト編『大関和と鈴木雅の人生』(メディアソフト)
櫻庭由紀子著『戦う白衣の天使 大関和・鈴木雅ものがたり』(内外出版社)
