この見方でいう「文化の発信」とは何かといえば、富裕層の生活スタイルを大衆化させることだった。西武はセゾンと名乗り、新しい生活スタイルを大衆に発信することで、富裕層の生活スタイルにあこがれる大衆を創出して、そこも顧客化した。でも、なぜカネもない大衆が買えるのか、というと借金を可能にして先払いさせるからである。
そもそも、地方から首都圏に流入してきた労働者層がなぜ高騰する地価のもとで家を買えるか、といえば、住宅ローンという借金をさせて販売するからである。
そしてどんどん増える首都圏周辺の大衆層に富裕層に準じた買物をさせるため、消費においても割賦販売を積極的に推進した。西武百貨店グループの場合、それが現在の大手クレジットカード、セゾンカードの基盤となった。当時のクレジットカード取引は多くがこうした割賦販売であり、大衆に高額品を売るために大いに役立った。そのうえ、当時はかなり高い金利手数料も収入となっていてグループに大いに貢献したという。
乱暴に結果だけを表現すると、地方から労働者を集めて、借金で家や生活を賄わせることによって、自らの重要顧客である地主層を作り出し、外商取引を持続的に拡張していく、というループを生み出したことで、西武百貨店グループはセゾングループへと飛躍した、ということになる。
バブル崩壊後、大衆は百貨店から離脱した
三大都市圏、地方、都内、田園都市線沿線(川崎市高津区)、所沢の地価の長期推移をみたのが、次の図表である。

予想どおり、大都市圏では、バブル期まで地価は急上昇を続け、バブル崩壊とともに急速に下落している、という経緯がわかるだろう(そして、地方圏ではこうした恩恵はほぼなかったこともわかるはずだ)。
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【大衆の借金消費は続かなかった】
