百貨店市場のピークは1991年、当時は約10兆円で今の2倍ほどの規模があり、まさにバブル経済の真っただ中のころに重なる。当時の百貨店の店舗売上高ランキングが次の図表である。

この頃の上位の顔ぶれは今でも大手百貨店の基幹店として残っている銘柄と大きな変化はないが、セゾングループの中核であった西武百貨店池袋本店が1位、次いで、大老舗の三越本店、日本橋高島屋と続く。現在の1、2位の伊勢丹本店、阪急梅田本店が4位、5位となっており、この30年ちょっとで順位が逆転していることがわかる。

当時の特徴としては、大手百貨店と伍して、鉄道系百貨店の基幹店が上位を占めていることかもしれない。1位西武池袋、5位阪急本店、8位東急本店、10位小田急新宿がランクイン、30位まで広げてみると10店が鉄道系なのだが、現在では東急本店は閉店、小田急新宿も大幅縮小、そのほかも鉄道系は閉店済みや閉店予定、再開発予定が多いようだ。そんな鉄道系百貨店全盛の時代、業界を牽引したのが、まさにセゾンの西武百貨店であった。
後発組だったからこそ「文化発信」が必要だった
セゾン文化の発信でバブル時代の先頭を走り、百貨店の王者に上り詰めていた西武百貨店であったのだが、昔の西武線沿線や本拠地池袋のイメージからすると「どうして文化発信が西武起点なんだろう」と思うのではないだろうか。
実は、セゾン前の西武百貨店は泥臭いイメージが付きまとう後発組であったからこそ、文化発信のイメージを創造して逆転する必要があったのである。
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【沿線開発で生まれた「新富裕層」を囲い込んだ】
