自分で道を選んできたというより、投げかけられたものに反応してきただけかもしれない、と振り返る。
おかんに怒られた駄菓子代100円
その延長線上に、早期退職もあった。人事と話をし、引き止められもした。結果としては、定年まであと半年というタイミングだった。それでも決めた。組織の中で自分がどこまで役に立てているのか。考えた末の決断だった。
「自分がもらっている給料と、自分が果たせていることと比べると、どう考えたってマイナス。もらいすぎやと思って。じゃあ、もらうに足るだけの仕事をやればええんでしょうけど、自分がやったら若い子らが番組を作られへんようになる。それはそれでちゃうやろうし。辞めたらどうするかも、ようわからへんかったけど」
辞めた後の保証はなかった。それでも、組織に残る理由より、離れる理由のほうがはっきりしていた。そこにあったのが、西田の中にあるコスト意識だった。
しかも、それは子どものころからの感覚だという。駄菓子を買いに行くとき、母親に100円をもらった。当時ならスナック菓子がいくつも買える。子どもにとっては、十分な金額だった。
だが、友達の中には、その日お金を持っていない子もいた。
「100円あったら、全部自分で使うこともできる。でも、3人で分けたら30円ずつ。自分の取り分が減っても、みんなで食べて笑えたらと思ってた。ただ、おかんにえらい怒られましてね」
「なんで友達の分まで出すの。あんた損してるやん。逆に友達からやってもらうことあるんか」
母親の言葉に、はっとした。たしかに、やってもらったことはなかった。けれど、西田は頭の中の計算をやめなかった。
「分けた30円の価値は、みんなで楽しんだら30円を超えるかもしれへん。損してるようで、得になるかもしれん、って」
大きな理屈ではない。ただ、そういう感覚だった。
「ほんまに気をつけや」
母親にそう言われたことも、覚えている。それでも、分けるほうを選んできた。受け取るものと、誰かに残すもの。そのバランスを測る感覚は、組織を離れた後も変わらない。独立して1年、西田はいまも走り続けている。
