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好待遇だったはずだが…伝説的テレビマンが「"59歳"で局を去った」ワケ 大阪市立大学→読売テレビ→定年目前で退職

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西田二郎
定年直前に読売テレビを退職した西田二郎さんに、生き方と仕事観を聞いた(写真:西田二郎さん提供)
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西田は考えた。一次面接なら、10人受ければ1人くらい通過する。その1人になるには、10人のうち9人が言わないことを言うしかない。テレビに勢いがあった時代でもあった。思いついたのは、当時のテレビの現状をそのままぶつけることだった。

「芸人さんがたくさん出る番組はある。でも、チャンネルに個性がない。芸人さんも僕らの生活レベルとちゃうのに、給料が安いとか言うてるの、どうしても理解できへん。街にはもっと面白い素人さんがいっぱいいる。そういう人が出る番組を作れば、チャンネルの個性にもなる」

そう友人に話した。だが、返ってきたのは「わからん」という一言だった。嘘やろ、と胸の内でつぶやいた。せっかく考えたアイデアが否定されてしまった。それなら、自分で試すしかない。

読売テレビを受けたのは、正しさを証明するためでもあった。結果は、合格。友人は落ちた。1989年のことだった。

自分は「ルンバ」みたいなもん

入社後はバラエティ制作を志願し、『11PM』や『EXテレビ』のアシスタントディレクターを経て、『ダウンタウンDX』に立ち上げから関わった。やり方は、就職活動のときと変わらなかったという。

「他の人と混じらないように、同調しないようにしているのが自分の軸。でも、同調せなあかんねんみたいな時のヘコみ方は半端ないですね。結局、物事を10分の1のところで見ているのかもしれない」

多数が向く方向には、できるだけ近づかない。空いている隙間を探す。そのほうが、自分の居場所ができる。西田は、そんな自分の動き方をロボット掃除機のルンバにたとえる。外れても戻れる“基地”があるからだ。

「ルンバみたいなもんです。基地があるから、外れても戻れる。外して、遠いとこ行ってみるのもええ。基地はここやでって、言ってくれる人がいるのは大きい」

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【「みんなで楽しんだら30円を超えるかもしれへん」という感覚】

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