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アメリカとイランの停戦・なぜパキスタンが仲介できたのか/両国から信頼されている軍人の存在

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2026年4月8日、パキスタン国内でシーア派のイスラム教徒たちがアメリカ、イスラエル、イラン間の2週間の停戦発表を祝ってスローガンを叫び、イランへの連帯を表明している(写真:Firdous Nazir/NuPhoto via Getty Images)

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1カ月以上にわたって続いたアメリカ・イラン戦争が、2週間停戦することになった。2026年4月8日朝8時頃(日本時間)、アメリカはホワイトハウスによるトランプ大統領の声明を、イランはアラグチ外相が最高国家安全保障会議の声明をX(旧ツイッター)に投稿したことで判明した。

加えて、パキスタンのシャバーズ・シャリーフ首相もXに投稿し、イランとアメリカが停戦に合意したこと、4月10日に両国の代表団が首都イスラマバードで協議を行うことを発表した(その後、協議は11日に行われる見通しとなった)。

では、パキスタンがなぜアメリカとイランの間を取り持つことができたのか、自国がアフガニスタンと戦闘を続けている最中にもかかわらず仲介を行う思惑は何か、そして「イスラマバード協議」の見通しについて解説する。

パキスタン陸軍元帥の存在

パキスタンが仲介に乗り出していることが判明したのは、アメリカのイラン攻撃開始から3週間が経過した26年3月下旬だった。それ以降も戦闘は続き、トランプ大統領はイランとの交渉に言及する一方で、「爆撃によって石器時代に戻す」「今夜一つの文明が滅びる」などと大規模な攻撃に踏み切る可能性を示唆する発言も出ていた。

それがなぜ、急転直下で停戦となったのか。パキスタン側との協議およびイランによるホルムズ海峡開放に関する同意を受けて、イランの爆撃と攻撃を停止することにしたというのがトランプ大統領の説明である。

ここで注目すべきは、トランプ大統領がパキスタン側について、シャリーフ首相だけでなくアーシム・ムニール陸軍元帥の名前に触れていることである(イランのアラグチ外相の投稿も2人に言及)。

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