TBS「報道特集」の"補足"はあまりにも"蛇足"すぎた… 「詰むんですよ、日本」炎上騒動で露呈したテレビ報道の構造的敗北

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報道特集は週に1度の放送だ。だからこそ、放送と放送の間をデジタルで埋める体制が不可欠になる。「NEWS DIG」は番組の“おまけ”ではなく、番組の一部だ。放送で問題提起し、デジタルで検証を深め、次の放送でさらに掘り下げる。そのサイクルを回して初めて、週1回の番組がSNS時代に報道としての機能を維持できる。

首相が投稿で具体的な数字を出して反論してきたのだから、報道機関にとってはチャンスだったはずだ。正しければ「政府の対応を評価する」と書けばいい。疑わしければ「ここに疑問が残る」と書けばいい。それこそがジャーナリズムではないだろうか。そんな発想にならないのは、「報道特集」の制作スタッフが番組の放送こそが主で、ネットは付属物としか見ていないからではないか。

今回の一件が示しているのは、テレビ報道がSNSに対して構造的に劣位に立っている現実だ。首相はXを使いこなし、報道機関はXに振り回されている。その非対称を解消するためには、自前のデジタルメディアを報道の主戦場として本気で機能させる必要がある。

つまり、テレビの報道番組はいま、ネットも放送と同等に扱う「開かれたモデル」に変えるべきなのだ。

放送に“引きこもって”いてはいけない

従来のテレビ報道は「閉じた編集空間」だった。取材し、編集し、放送する。その完成品に対する批判があれば、視聴者からの投書やBPO(放送倫理・番組向上機構)、あるいは他メディアの報道を通じて事後的に検証される。誤りがあれば後日の番組内で訂正する。プロセスは番組の内部で完結し、視聴者はあくまで受け手だった。

だが今回起きたのは、それとはまったく異なる事態だ。放送の直後にSNSで首相が反論し、視聴者がそれを拡散し、専門家が批判を浴び、番組自身もSNSで対応を迫られた。

放送という「完成品」が、送り出した瞬間から解体され、再検証される。政治家も専門家も視聴者も同じ時間軸で参加する。これはもう「閉じた編集空間」では済まない。好むと好まざるとにかかわらず、報道番組は「開かれた編集プロセス」の中に投げ込まれる。

この認識があれば、報道特集の対応はまったく違ったはずだ。放送は“終わり”ではなく“始まり”だと考える。放送で問題提起し、SNSでの反応を受け止め、「NEWS DIG」で検証を深め、次の放送でさらに掘り下げる。

首相が数字を出してきたなら、その数字を精査する記事をデジタルで即座に展開する。そこに専門家のコメントも、政府の追加説明も、視聴者からの業界情報も取り込む。番組の権威を守るために「補足」でフタをするのではなく、「開かれたプロセス」の中で報道の質を高めていく。それがSNS時代の報道番組のモデルではないか。

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