男性の家事・育児参加は進んだが…夫の疑問「なぜ妻は効率が悪いのか?」に潜むズレ《終わらぬ子育てのタイパ議論》
そう考えると、21時までにすべての家事育児を完了できる私(この場合、夫)が、できない相手(この場合、妻)に「諭してやろう」という発想自体が、ビジネス的生産性思考に囚われすぎていると感じてしまう。
家庭に「効率」を持ち込みすぎていないか
「自分はできるのに、妻は時間がかかりすぎる」という見方には慎重でありたい。その差は、家事育児を効率的に回すことができるスキルや段取り力の差ではなく、見えている仕事の範囲や、子どもへの関わり方の深さの差かもしれないからだ。
この配信は、2025年Voicyエピソードアワードにノミネートされるほど反響が大きかった。おそらく多くの家庭で似た構図が繰り返されているのだろう。多くのリスナーの実感に触れたのだと思う。
共働きが当たり前になり、男性の家事・育児参加も進んだとはいえ、家事分担は進んでも、育児にまつわる分担や、見えにくいケアに関する負荷の共有は、まだ十分ではない。今回は、夫→妻、の質問だったが、妻→夫の質問でも、散見される話である。
家庭内で本当に必要なのは、「効率の悪い相手をどう指導するか」ではない。相手が何に時間を使っているのか、その時間が何を支えているのかを、いったん自分の物差しを外して見ようとすることではないだろうか。
効率化できる部分は、もちろんある。しかし、効率化しないほうがよい部分もある。その線引きを、家庭の中で話し合うこと。それこそが、家事・育児の分担をめぐる対話の出発点なのだと思う。
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