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「石破叩き→高市応援」一斉転向…再生数に魂を売る理念なき"切り抜き職人"と、ショート動画が招く有権者の盲目

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こうした体験は、伝聞になるほど「重さ」が希釈されてしまいます。僕は仙台で東日本大震災を経験しました。いずれ震災の記憶も、同じように希釈される問題に直面するだろうと想像しています。だからこそ、個人の記憶に触れることは、自分が流言に騙されないための重石になるのだと思います。

「主役以外の顔」に目を向ける大切さ

では、世の中の大きな潮流が知らぬ間に戦争へと傾き始めたとき、どうすればいいのでしょうか。僕は、まず「立ち止まること」が何より重要だと考えています。SNSを追い続けていると、流行の波に乗ること自体が評価されますが、その流れがとんでもない方向へ向かっているとき、自分も気づかぬうちに流されてしまうからです。

『プロパガンダゲーム 偽情報戦』(双葉文庫)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

東日本大震災の際、ネットの一部では外国人や福島県に関するデマが流れ、昨年の宮城県知事選でも、外国人に関わる誹謗中傷がネット上にあふれました。

それらの経験を基に「情報」が持つ危険性を描いたのが『プロパガンダゲーム』シリーズで、物語に通底しているのは、情報を歪めた「扇動」によって人が行動してしまうことの恐ろしさです。

僕は、ショート動画の恐ろしさは「画角の狭さ」と「距離の近さ」にあるように思います。ショート動画に映る「主役の顔」だけを見て判断するのは危険です。

主役が何を語ったか以上に、受け取った聴衆が路上でどんな反応をしているか。その「主役以外の顔」に目を向けることで、初めて世論の正体が見えてくるはずです。

感情をあおるような言葉に出会ったときは、一度スマホを置いて、自分の考えを整理してみる。人間の考え方そのものが、スマートフォンの画角に収まる小さなサイズになってしまわないように。

その泥くさいプロセスこそが、今の僕らに求められていることではないでしょうか。

(後編はこちら

(構成:泉美木蘭)

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