「就活はデスゲーム」「就職できてもパワハラされ…」《就職氷河期世代》がたどった、あまりにも過酷すぎる人生
両親と3人暮らしで「実家があってよかった」と時折こぼす彼が大学時代、誰よりも学びに貪欲だったことを私はよく知っている。その彼が、ブラック企業を辞めた直後だったか、切羽詰まって「2万円貸して。もう本当に金がない」と私に泣きついてきたときの哀しみを私は忘れられないでいる。
就職氷河期世代は一色ではない
一方で、初職での失敗を転職や起業などで巻き返した人もいる。さらに『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』(近藤絢子著、中公新書)によれば、同じ就職氷河期でも93~98年、99~04年で雇用の状況が違う。
前者はそれ以前の売り手市場との激しい落差を経験し、後者は雇用の水準そのものがどん底だった。
加えて男女でも大きな差がある。男女機会均等法の成立は85年だが、女性が働くことへの偏見は今よりさらにひどいものだった。つまり就職氷河期世代は一色ではないのだ。かなりのグラデーションがある。
結果、一枚岩になりづらい。
往年の労働運動のように一致団結しろと言うわけではない。そんな時代でもない。
ただ就職氷河期を経験した者として、あれから四半世紀近い時を重ねる中で、就職氷河期という事象への批判、あるいはそれを引き起こした新卒一括採用の改善、そしてうまくいかなかった人たちへの支援といったものの声がほとんど広がらなかったことに、もどかしさを覚えるのだ。
厚生労働省の資料によると、就職氷河期世代は現在1700万人ほどといわれる。日本の人口の15%近くを占める。しかし就職氷河期は今や歴史の向こう側にあり、そこで大きく人生が変わってしまった者は置き去りにされたままだ。
先に挙げた高市氏の言葉のように、近年ようやく「8050問題」などを受けて本格的な支援策が講じられるようになった。しかし詳細を見れば、その多くは「業務体験」や「学び直し」など必要とする者がいないとは言わないまでも、かなりピントがずれている。
新自由主義が世を席巻する中、長らく非正規雇用で体よく利用され、業務も経験し学びも重ねた就職氷河期世代が求めるのは、その先だ。人手不足が叫ばれる今なお事実上年齢で区切り、門を閉ざす社会の在り方だ。そして安心安全な生活を営めるだけの、労働に見合った適正な賃金だ。





















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