「5時に夢中!」炎上が示したテレビの課題、"深夜ラジオの悪ノリ"を地上波で再現するリスクなぜ止められなかったか
とはいえ、ラジオには映像がなく、スクリーンショットで拡散する術を持たない。つまり、原典に当たりにくいのだ。書き起こすにしても、テレビ画面ほどのインパクトには欠ける。そのため第三者の目に入りづらく、たとえ問題視されても、燃え上がりにくいと考えられる。
「いつか起きると予想できた炎上」だった
拡散のしやすさ、しにくさ。こうした部分にも、“深夜ラジオノリ”のリスクの高低差は存在する。また、視聴者(リスナー)のスタンスも、テレビとラジオでは異なる。
ラジオの場合には、どこか「どうせ聴いているのは自分たちだけだ」といった、自虐めいた雰囲気が存在する。そして、それを局側もわかっているからこそ、より深く、密度の濃い関係性が築かれていくのだ。
後発かつ、エリアが限られているMXは、環境としてはラジオ局に近い部分はあるだろう。ただ先述した理由から、そのまま応用すると、多くのリスクをはらんでくる。「悪ノリのペンネーム文化」「ローカル局の審査基準」「可視化・記録・拡散される時代性」が絡まった状況において、今回の騒動は「いつか起きることが予想できた炎上」だったと言えるだろう。
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