無人化の流れに逆行? 日本橋高島屋が《エレベーター係》を残す理由…百貨店で唯一「手動式エレベーター」を現役で運行

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一方で、来店客と距離が近い立場のため、日本橋高島屋に対する意見が案内係に寄せられることも。まれに苦言やお叱りもあるが、案内係は「高島屋の顔」であると自覚し、しっかりと受け止めている。

「案内係は日本橋高島屋という重要文化財の一部。責任をもって、重要文化財をずっと残していきたいです」と目を輝かせた。

コンシェルジュの岸さんは、手動式エレベーターや案内係を「絶滅危惧種のような存在」と表現する。じきにいなくなるかもしれない、という意味ではもちろんなく、「昔のように見かけることは少ないけれど、特別な価値を提供している」という思いが込められている。

日本橋高島屋 エレベーター
館内を案内するコンシェルジュの岸さん(撮影:今井康一)

「手動式のエレベーターも案内係も、AI全盛の時代には珍しい存在です。けれど、AIにはできない価値を提供できていると思います。私が子どもの頃は、百貨店へのお出かけは、非日常の場所に行くワクワク感があった。今、日本橋高島屋にご来店いただくお客様も、そういった思いをお持ちだと信じています。そんな空間で、手動式エレベーターへの乗車や、人によるおもてなしという、特別な体験を提供できるように努めております」(岸さん)

屋上で飼っていた象「高子」

特別な体験を提供したい。そんな思いを体現しているエピソードが、エレベーター以外にもある。日本橋高島屋では1950~54年にかけて、なんと屋上で象を飼育していたのだ。

敗戦後の暗い時代、少しでも人々を笑顔にできればと、象をタイから連れてきて、クレーンで屋上に運んだという。「高子(たかこ)」(愛称:たかちゃん)という名前のその象は、「お子様を背中に乗せて歩くなど利口で芸達者だった」のだと、資料を広げながら岸さんは説明する。

高島屋 象
屋上で飼育していた象の「高子」(写真:高島屋資料館提供)

人々に愛された高子だったが、1日約30キロの餌を食べるうちに、560キロほどだった体はおよそ1.8トンにまで成長し、さすがに屋上で飼うのは危険だと、上野動物園に寄贈された。最後の日は、別れのときだと悟ったかのように、高子は中央階段を1歩1歩降りていったという。

日本橋高島屋 階段
1933年に竣工し、その後4回増築されている。その設計を担当したのが、「階段の魔術師」と呼ばれた村野藤吾氏。村野氏が手がけた美しいこの中央階段を、1歩ずつ象が降りていった(撮影:今井康一)

日本橋高島屋では現在、毎月1回、「重要文化財見学ツアー」を開催している。同店の歴史や建築を、コンシェルジュがガイドするのだ。ツアーへの思いを、岸さんは感慨深げに話す。

「この建物があるのは、先人たちの努力のおかげだと思っています。戦時中、東京大空襲の焼夷弾によって、木造の別館が2棟全焼してしまいました。けれど本館は、従業員で組織された防護団員たちがバケツリレーをしたり、不燃物を積み上げたり、鉄の扉を閉めたりして、火の手から守った歴史がある。そんな本館の持つ価値を、建物を保存するだけでなく、活用することでお客様に伝えていきたいです」(岸さん)

日本橋高島屋 エレベーター
2009年に百貨店建築で初めて重要文化財に指定された。正面玄関の吹き抜け天井には、格式の高い寺院などに見られる「格天井(ごうてんじょう)」が採用されている(撮影:今井康一)

現在のエレベーター係は「20~60代の男女」

エレベーターガールが花形と呼ばれた時代、活躍するのは若い女性が中心だった。現在の日本橋高島屋の案内係は、20~60代の男女と多様な人たちがいる。

かつては週5日のフルタイム勤務が基本だったが、近年は働き方も柔軟になり、週3~4日で時短勤務も可能とのこと。採用に関して、最も大事なのは「誠実さ」とのことだ。

日本橋高島屋
開店前の1階の売り場。今日もお客を迎えるべく、多くの人が働いている(撮影:今井康一)

取材後、筆者も1人の客として手動式エレベーターに乗車した。

「上へまいります」「ご来店ありがとうございます」という案内で迎えられ、安全確認の動作の後、カゴが上昇していく。フロアで停車するたびに、「紳士服売り場がございます」「新館との連絡通路がございます」とアナウンス。停車リクエストがないフロアは、「〇階はよろしいでしょうか?」と確認。

目的のフロアで降りる際は、「ごゆっくりどうぞ、いってらっしゃいませ」と笑顔で見送ってくれた。わずか数十秒の移動だが、満たされた気持ちになっていた。

スーパーやコンビニ、飲食店で見かける無人レジや配膳ロボは、確かに便利で効率的だ。だが人による温かいおもてなしは、これから先もずっと必要とされ続けるのではないか。「またどうぞお越しくださいませ」の声を背に、そう思いながら、日本橋高島屋を後にした。

日本橋高島屋 エレベーター
エレベーター係の諸我さんに笑顔で見送られる(撮影:今井康一)
肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京生まれ。大学中退後、広告代理店勤務を経てフリーのジャーナリストに。

社会問題や人物ルポ、歌舞伎町や夜の街を題材に執筆。陽が当たりづらい世界・偏見を持たれやすい世界で生きる人々や、そこで生じている問題に着目した記事を書くことを使命としている

著書に『炎上系ユーチューバー 過激動画が生み出すカネと信者』など。新宿ゴールデン街「プチ文壇バー月に吠える」、四谷荒木町「ブックバーひらづみ」の店主でもある。

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