「知能検査」は子どもを伸ばすためにどう活用すべき?「検査の原点」と「人を排除する道具と化したIQの歴史」に学ぶべき視点
動機を高める方向でやるのも、愚直に反復練習できるような機会を提供するのも、生徒と教師が1対1で教え合い丁寧に向き合うのも、それぞれが1つの方法(Way=道)なのであり、同じゴールに向かうという意味で等価なのだと考えてみましょう。富士山に登るのに山梨から登るのか、静岡から登るのか、それぞれ長短あるようにおそらく一長一短でよいところも悪いところもあるはずです。
「どのようなプロセス」で学んでいくかを理解する
さらに教育や学習において重要なのは、方法と結果を因果で結びつけるだけでなく、子どもたちがどのようなプロセスで学んでいくかを理解することだと思われます。量的な指標を用いないと効果のエビデンスにならないという主張を前提としつつ、それぞれの子どもたちがいろいろな方法と出合って成長するプロセスを質的な指標で検討する、いわゆる混合研究法のような質と量の統合を試みる方法の導入が望まれるゆえんです。
こうしたことは、次のような図で説明できます(サトウ、2025)。
「賢くない(非A)」と「賢い(A)」という状態を考える場合、左の図は、両者を質的に異なるものとして区別する立場――例えば、「極端な生まれつき主義」のような立場を表します。
ところが、中央の図のように、両者の間に差があっても、その差異が量的に連続しているのであれば何らかの方法によって「賢い(A)」に移行することが可能となります。これがドリル学習など反復トレーニングの考え方です。
ただし、反復トレーニングが苦手な子もいることでしょう。中央の図が唯一の方法というわけではなく、右の図のように、主体性を高めることで到達できるなど複数の径路があり得ると考えることが大切だと思います。




















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