町の書店は取次によって倒産を免れている?取次から「頼んでもいない本が届く」不条理を批判しきれない業界の歪み
では、取次とはどんな組織なのか。一言で言うと、出版社と書店の間に立って、本や雑誌を全国に運び、お金のやりとりもする「流通と決済のハブ」です。農家(出版社)から野菜(本)を集めて市場で仕分けし、町の青果店(書店)へ一斉に届ける、中央市場のようなものだと言えばイメージしやすいでしょうか。
出版社が作った本が書店に届くまでの流れは、おおよそ次のように要約できます。まず、出版社は新刊の情報を取次に知らせ、刷り上がった見本を取次に搬入します。取次は、過去の販売実績や予約数、店舗の規模などを基に初回の配本数を決め、発売日に間に合うよう各地の書店へ一斉出荷します。私たちが「全国どこでも、発売日から近日に新刊が並ぶ」環境を享受できているのは、この一括集配の仕組みがあるからです。
取次は“悪者”か
このように、取次は書籍の流通になくてはならない存在なのですが、いっぽうで、長年にわたり「嫌われ者」の立場に置かれていることも事実です。書店業界、特に「町の書店」の関係者の間では、取次に対する不満や不信感が非常に強い。なぜでしょうか?
まず「配本の不公平さ」が挙げられます。世の中には、ベストセラーになることがあらかじめ確約されているような本があります。過去の例で言えば、「ハリー・ポッター」シリーズの新刊、村上春樹先生の数年ぶりの新作長篇などです。売れることがわかっているのだから、当然ながら、書店はそういう本をたくさん仕入れたい。ところが、書店があらかじめ「100冊仕入れたい」と希望を出しても、その通りの冊数が届くとは限らない。と言うか、むしろ、希望通りの冊数が届くことは滅多にないのが実情です。
新刊書の総量には初版部数という「天井」があります。すべての書店の希望を容れたくても、現実に存在している以上の本を配ることはできません。そこで取次は、書店の規模や過去の販売実績などを考慮して、店舗ごとに配本数の傾斜をつけます。この時、小さな「町の書店」より、大型書店が優遇されることは、容易に想像がつくでしょう。
すると、小さな書店の場合、お客さんから「村上春樹さんの新作、ありますか?」と聞かれて、「すみません、入荷していません」と答えざるを得ないこともある。「売りたいのに肝心の本がない」というのは、書店員にとっては実につらいことです。反対に、「頼んでいない本が送られてくる」という不満もあります。いわゆる「見計配本(みはからいはいほん)」です。





















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