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ライフ #廃墟モールの経済学

「"立ち入り禁止"の空き区画だらけ」「上層階は市役所やハロワに」…アクアラインの先にある「千葉の廃墟モール」苦戦の要因

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  • 坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家
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アウトレットをはじめとする大型店は東京湾アクアラインを降りてすぐの場所にあり、木更津駅までは車で15〜20分かかる。目的がなければ、木更津駅前には立ち寄らないだろう。

活気のあるアクアライン付近から木更津駅までは、車で20分ほどの距離だ(Googleマイマップにて作成)

木更津市では、人の集まる場所が木更津駅前からロードサイドへと移ったのである。

アクアラインが対岸へ客足を運んでいった

なぜ人の集まるエリアが変わり、「スパークルシティ木更津」は廃墟化してしまったのだろうか。背景を時系列に沿って振り返っていく。

「スパークルシティ木更津」は、88年3月に「ショッピングセンター アインス」としてオープンした。木更津駅東口に比べて開発が遅れていた西口の再開発として市が建設。木更津そごうを核とし、地元の商店約40店舗も出店した。

川崎行きのフェリーが発着していた木更津港と、「アインス」を結ぶ富士見通りは賑わいを見せた。

木更津駅から港方面へつながる富士見通り(Googleマイマップ)

転機となったのが、97年の東京湾アクアライン開通である。アクアラインの開通と同時にフェリー航路が廃止され、富士見通りが活力を失っていった。さらに電車よりも首都圏へのアクセスに優れる高速バスが人気になり、駅の利用者が激減した。

木更津の活性化に期待が寄せられていたアクアラインの開通は、かえって対岸の川崎・横浜へ人が流れるストロー現象を招いた。木更津そごうの客足も流出し、売り上げが減少した。

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【核テナントである木更津そごうの撤退】

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