行列のラーメン屋《ベトナム人店主》の意外な経歴 「業界の大物と兄弟同然の関係」「仕事前にうどん屋で修業」…来日13年、ハさんの"ラーメン道"
「日本に行った先輩がすごくいい国だと言っていて、日本に興味を持ちました。日本は都会で、テレビとか電化製品のイメージがありましたね」
中国語と違って日本語は話せなかったので、まずは日本の語学学校で学ぶことにした。13年に入学したその学校は長崎の佐世保にあり、ハさんはガックリした。
「日本は都会だと思ってたけど、佐世保はそんなに都会じゃないでしょう。住んでたところは周りが山ばかりで、サルもいた。ビックリしたよ(笑)」
日本に住むベトナム人の友人たちから「東京はぜんぜん違う」と聞いたハさんは、すぐにでも上京したいと願った。そこで、語学学校に「2年間のカリキュラムを1年間で終えたら、卒業してもいいか」と相談したところ、しっかりと勉強してテストに受かればそれでもいいという許可を得た。それから猛勉強して、1年で試験に合格した。
「すごく優しい先生が、『もっと勉強しないと卒業できないよ』と言って、授業が終わった後も日本語を教えてくれました。私にとっては、先生だけどお母さんみたいな感じ。合格できたのは先生のおかげです」
超有名店「麺処ほん田」で修業
日本語学校を卒業したハさんは、東京にあるITの専門学校に入学した。相変わらず食べるのが好きで、日本の料理にも興味があったから、東京に来てすぐに鮨屋と居酒屋、ラーメン店で掛け持ちのアルバイトを始めた。
そのラーメン店は、業界では知らぬ人のいない有名店「麺処ほん田」。ハさんは評判を知らず、「たまたまアルバイトを募集していたから」働き始めたそう。
当時、東京の東十条にあった「麺処ほん田」本店で働く外国人は、ハさんひとり。厨房で交わされる独特の言葉の意味が理解できず、最初は苦労したこともあったと振り返る。
しかし、「もともとお喋りで、初めて会った人でも2回目に会ったら友だちみたいになる」というハさんは、「どんな仕事でも最初はわからないことがあるのが当たり前」と割り切って物怖じせず、ひたむきに働いた。
すると、先輩たちも親切に教えてくれるようになった。子どもの頃から家族の料理を作り、台湾でもレストランで働いた経験のあるハさんの腕前が即戦力だったことも、厨房で認められた理由のひとつだろう。




















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