アフリカで新しい産業を育成するためのカギとは ダイキン流「遠回り戦略」の真意を解き明かす

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「最後の巨大市場」といわれているアフリカ
「最後の巨大市場」といわれているアフリカ。国連によると現在約15億の人口が、2050年には25億人に達すると予測されている。その中で、新たな産業を育て、人々がより快適に暮らせる環境をつくっていくために、国際社会が果たす役割にも期待が集まる。もちろん、アフリカに注目している日本企業も少なくない。2025年8月に横浜で開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)では、アフリカと日本との間で300件を超える覚書が締結された。2022年にチュニジアで開催されたTICAD 8当時と比較して、覚書の締結数は実に3倍を超える。これから、日本企業はアフリカでどのような価値を生み出していくのだろうか。グローバルに事業を展開する空調専業メーカー・ダイキンの取り組みが示す答えは「産業全体の発展に向けた人と制度の基盤づくり」だ。
※TICADとは、Tokyo International Conference on African Development(アフリカ開発会議)の略

アフリカで新たな産業を根付かせるための「本気の取り組み」とは

アフリカ大陸の東海岸に位置するタンザニア。人口が増加し続けているこの地で、2021年から小規模な小売店や一般家庭などを対象にエアコンのサブスクサービスを展開しているのが、ダイキンだ。タンザニアの中心都市・ダルエスサラームのある沿岸部は1年を通して気温と湿度が高く、エアコンが必要な生活環境にもかかわらず、エアコンは高価なため多くの人々が買える状況にはなかったという。そこで、ダイキンは、サブスクによって導入コストを抑え、エアコン利用のハードルを下げた。

しかし、サブスクの意義はそればかりではない。

「タンザニアでは、街中で壊れたエアコンが放置されている場面を目にします。修理をしたくても部品がない、そもそも修理をしてくれる人がいないといった課題があります。そのため、タンザニアで始めたサブスクはエアコンが止まらないようメンテナンスを含めたサービスとなっています。しっかりとしたアフターサービスを担う人がいる、といった安心感は現地の方々からも評価されています」。こう語るのはダイキンでアフリカの事業展開を統括する大森淳一氏。「実際、タンザニアでエアコンの洗浄に立ち会ったときのことです。わずか1カ月の利用にもかかわらずエアコンの内部は砂やホコリが入り込み、驚くほど汚れていました。メンテナンスができる人がいないと、故障のリスクも高まるのです」。

大森 淳一氏 執行役員 グローバル戦略本部長
大森 淳一
執行役員 グローバル戦略本部長

エアコンが広く普及し産業として根付いていくためには、使用する環境に合わせた製品品質、エアコンに対する正確な知識を持ちメンテナンスなどの技術を身に付けた人材、アフターサービスを含めた体制が重要な意味を持つ。こうしたダイキンのアプローチは、インド事業で培った経験とノウハウが生かされている。

「アフリカとインドは似ているところが少なくありません。不安定な電力供給、変動幅の大きい電圧など、電力事情も同じような課題があります。そこで、インドでは電圧が激しく変動しても壊れないプリント基盤を使用しています。また、悪路でのトラック輸送にも耐えられるように部材の厚さも変えています。こうしたインドでつくり込んだ品質のエアコンをアフリカに持っていくことが、とても大切なことだと思います」

折しも、日本政府はTICAD 9でインド洋を囲むインドや中東諸国の国々と協働し、アフリカの産業発展に貢献しようという「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」を提唱したところだ。ダイキンでも、インドからアフリカへという道をたどっている。 

アフリカでの人材育成もインドでの取り組みが反映されている。「私がインドに赴任していた2016年、インド北西部のラジャスタン州で日本式のものづくりを教える学校を創設しました。ここで学んだ卒業生の多くはダイキンの工場やエアコンの販売店などに就職するのです。現在では、生徒の宿舎をつくるまでに拡大しています。アフリカでも、こうした人材育成が欠かせないと考えていました」。

人材育成については、現在、タンザニアをはじめ、ナイジェリア、ケニアで現地の職業訓練校と連携し、エアコンの据え付け、修理や点検のスキルを身に付けられる研修プログラムを提供している。

これまでにタンザニアでは累計約250名、ナイジェリアでは累計230名以上、ケニアで累計約150名の修了生を輩出。それぞれの国でダイキン製品を販売する代理店や販売店でサービススタッフとして働いている人も増えているという。

販売店向けセミナー
ナイジェリアでは販売店向けセミナーも実施

さらに、アフリカ大陸の西端に位置するセネガルで、新たに産業人材育成支援の取り組みに着手した。TICAD 9の会期中に、セネガル大統領も出席のもと、ダイキンは国際協力機構や民間企業4社と共に、セネガル政府およびセネガル日本職業訓練センターと産業人材育成支援のためのトレーニングプログラム提供に関する覚書を交わした。

セネガル日本職業訓練センターは、西アフリカ地域における職業訓練の中核的な教育機関。ダイキンは、ここに空調のプロフェッショナルを育成するためのトレーニングプログラムを提供し、西アフリカ地域一帯での人材の層を厚くしていくことを目指している。

ナイジェリアでの「遠回り戦略」、その真意とは

もう1つ、人材育成とともにダイキンが重視しているのが省エネに関するルールづくりだ。

舞台は、2億人を上回るアフリカ最大の人口を抱え、成長を続けているナイジェリア。経済発展に伴って空調機の普及は進んでいるが、主流は省エネ技術の「インバーター」を搭載していない、省エネ性能の低いノンインバーターのエアコンが占めているという。

そのナイジェリアで、2024年から25年にかけて、ダイキンはナイジェリア政府や研究機関と連携し、インバーター搭載エアコンの省エネ効果について実証実験を行った。

インバーターエアコンの省エネ効果には定評があるが、大森氏は「政府や研究機関を巻き込んで、現地の気候や使用環境の下で試験し、効果を実証して可視化することに意味がありました」と説明する。

「実証実験の結果は、現地のテレビでも放映され、広く一般にも知っていただくことができました。何より大きな収穫は、この取り組みを通じて政府との対話のチャネルをつかみ、ナイジェリアの省エネ規制の実行計画を決定する政府検討会に参画できるようになったことです」と大森氏は続ける。

「ナイジェリアでの省エネの取り組みはまだ始まったばかりです。省エネ規制を実効力のあるものにしていくために、今後も政府への働きかけや政策提言を続けていきます」

こうした取り組みは、販売促進という視点から見ると、ずいぶんと遠回りしているようにも思える。しかし、健全な空調の産業を育成していくために、ルールづくりや人材の育成などに力を注ぐのがダイキンの戦略なのだ。

現在、ダイキンでは、すでにアフリカの40カ国以上でビジネスを展開しているが、大森氏はその先を見据える。「電力インフラが不安定な一方で、気候変動対策としてアフリカ各国でエネルギーに関する基準や規制がつくられつつあります。電力消費量が多い空調機の省エネ化は必須課題ですが、高価格のインバーターエアコンの効果を理解いただくために、現地の大学の先生や政府関係者の方々などと一緒に実証実験などをすることによって、データの信頼性を高めていくことも大切です。省エネ性能が高いインバーターエアコンが受け入れられる土壌づくりから始めることが重要なのです」。

「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」が提唱されたTICAD 9では、会期中、日本とアフリカ各国間の貿易・投資の促進を目的としたイベント「TICAD Business Expo & Conference」が併催され、ダイキンは「Japan Fair」ゾーンにブースを出展。省エネ空調技術とともに、アフリカでのインバーターエアコン市場づくりや人材育成の取り組みを紹介した。

「TICAD Business Expo & Conference」ダイキンブース
「TICAD Business Expo & Conference」ダイキンブース
「TICAD Business Expo & Conference」ダイキンブースでは、空調工事の一部を実際に体験してもらった

「各国の政府関係者の方々に足を運んでいただき、当社のブランドやアフリカでの取り組みを認知していただけたのではないかと思います。またアフリカ現地の民間企業にも多くの関心を持っていただき、次のビジネスにつながる得がたい機会となりました」と大森氏は手応えを感じている。実際、アフリカの政府関係者からは「ダイキンがアフリカ各地で人材育成の取り組みを行っているように、国家発展にはエンジニアの育成が不可欠」といったコメントが寄せられたという。

人口増加とともに、2050年には空調機の数が現在の3倍にまで急増するという予測があり、アフリカを含むグローバルサウスがその増加分の大半を占めるともいわれている。「アフリカでは、多くの人々が快適な生活を求め、空調市場も間違いなく大きく拡大していくでしょう。ダイキンは健全な空調市場の醸成、空調産業の成長に貢献していきたい」と大森氏。ダイキンの取り組みは、アフリカはもちろん、グローバルに事業拡大を目指す日本企業にも大きなヒントを与えるのではないだろうか。

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