新たな「渋谷」は何を生み出していくのだろうか いろんな出会いを演出する「舞台づくり」とは

渋谷で農業、「都会の幸」って何だろう
小倉 私たちアーバンファーマーズクラブ(UFC)は、渋谷を中心に原宿、恵比寿を含めた広域渋谷圏で、アーバンファーミングの活動をしています。アーバンファーミングとは、都会の空き地を農地として活用し、地域で暮らす人たちと働く人たちが出会い、共に土をいじり、収穫を分け合うというもの。新たな都市生活のライフスタイルを育むコミュニティーの拠点となっています。
もともとフリーランスの編集者として渋谷に事務所を構えていましたが、街中で土の地面を見るうち、渋谷で畑ってできないかな、都心には農作物を生産する機能がほとんどないなとの思いを強くしていきました。そこからご縁があって、渋谷でライブハウスの屋上に畑を作ったのですが、しだいにさまざまな人たちが訪ねてくれるようになった。そのとき「何か育ててみたい、土に触りたい」というのは都市生活者の本能的なものではないかと考え、渋谷で集まったメンバーを中心にUFCの活動を始めたのです。
東急さんからもお話をいただき、渋谷ストリーム開業に伴い、2018年から渋谷川沿いの遊歩道に「渋谷リバーストリートファーム」という畑を作り、現在は固定種の「渋谷ルッコラ」ほか、ブドウ、オーガニックコットンなどの栽培を行っています。
アーバンファーマーズクラブ代表理事
吉田 渋谷ストリームのある渋谷駅から代官山にかけては、緑が多く上質な空間というイメージや文脈があります。渋谷駅周辺の街づくりを通じて、その周辺を「緑と水の憩いの空間」と捉え、2018年の開業と合わせ、継続的に活動できる場をつくりたいと、UFCさんと共に「渋谷リバーストリートファーム」を始めたのです。
小倉 多くの人が集まる渋谷の多様性という特徴は都市農業の推進力にもつながっています。都内から地方へ引っ越し、その自然風土を生かした作品を作っている芸術家の友人と話した際、「山の幸や海の幸はあるが、都会に幸はあるの?」と聞かれました。そのとき、よくよく考えてみると都会の幸とは人ではないかと思ったのです。
その意味で、渋谷は幸がすごくたくさんある場所です。いろんな面白い方々がたくさんいる。私自身、コミュニティーの下で人とつながり農業を始めることができました。これまで1人で考えていた社会課題の解決にも皆で貢献できるようになるのです。それがまさに渋谷という街の力だと思います。
吉田 都市空間の中で、農業ができる場所があること自体重要なことですね。栽培しているブドウから渋谷産ワインが生まれれば、その世話をした人たちにとって渋谷産ワインはとても大切なものとなるはずです。そこから渋谷への愛着が生まれ、渋谷は私の街だというシティプライドも育まれていきます。
私は農学部出身で、当時「生産者と消費者との距離が離れるほど、生産者への意識が希薄になる」と学びました。実際に農作物が育っている現場を見れば、自分が普段消費しているもののありがたみもわかるようになります。都会は人が多い。だからこそ、農業の取り組みを知ってもらえる機会も増えるし、生産者との距離感も縮めることができると思っています。
東急株式会社 不動産運用事業部・価値創造グループ 文化用途企画運営担当主事
コミュニティーやカルチャーの種をまく
小倉 そもそも渋谷は、さまざまな接点が生まれる場所です。ここに来れば、本当に渋谷ならではの人やモノと出会うことができる。私たちUFCの活動も年齢、職業、国籍いっさい関係なく、フラットにいろんな人たちが集まってきますし、土を触ればすぐに仲良くなれます。こうした活動を通じて、渋谷から農業を1つのカルチャーにしていきたい。シティプライドを持つ人がいて、発信力も強い渋谷なら、それができると思います。
最近はやっている「界隈」にも当てはまります。私たちの農業と、例えば音楽やファッションといったほかのカルチャーなど、いろんな領域の境界があいまいになり、お互いににじみ合う。1つの目的地に行ったとしてもその周辺でいろんなカルチャーに触れることができるし、気軽に出たり入ったりできる寛容さもある。興味を持ったことにすぐタッチできる街が渋谷だと思いますね。
吉田 渋谷といえば、ファッションやエンターテインメントのイメージが大きいですが、今はそのカルチャーの幅が大きく広がっているような気がしています。
渋谷キャストには商業テナントやオフィスだけでなく住宅もあり、その中にクリエーターの入居するシェアハウスもあります。また、スモールオフィスには、個人事業主などさまざまなプレーヤーが集まっています。こうした方々を集めて新しい価値を生み出そうと始まったのが「SHIBUYA CAST. SCHOOL」で、今年はクラフトビール作りを実施しました。ほかにも地域連携として渋谷ストリームでは、國學院大學や地元の方々と協力して実施している「渋三さくら祭」なんかもさらに渋谷の街を活気づけています。もともと渋谷には面白い人がたくさんいるのですが、こうしたコミュニティーづくりによって、どこにどんな人がいるのか、解像度を高める効果もあると思っています。
小倉 一度知り合いになれば、いろんな人たちとつながって仲間になれる。吉田さんたちの活動は、そうしたコミュニティーやカルチャーの種を多くまいているようにも見えます。私たちの活動もそうですが、壮大な社会実験をしているような感じもします。そこには、これからの渋谷の暮らしや社会がどうあるべきか、といった東急さんのグランドデザインがあるような気がしています。
吉田 確かに未来志向で考えることが大切だと思います。再開発に当たり、行政をはじめ、地元や有識者の皆さんと考えていくことになりますが、渋谷はその範囲が広い。渋谷の再開発が動き始めたのは2002年ごろ。そこから20年以上経って時代も大きく変わっていく中、さらに未来を見ていかなくてはなりません。
「渋谷に行けば、必ずどこかに居場所がある」と思ってもらえる街に
吉田 渋谷には、多様な人たちがさまざまな目的で訪れています。中には昔は渋谷に行っていたが、今は行かなくなった。自分の街ではなくなったと感じる人たちもいるかもしれません。でも、私はそのような人たちを含めて「渋谷に行けば、必ずどこかに居場所がある」と思ってもらえるようにすることが重要だと考えています。
いろんな人が渋谷という街に出かけるきっかけをつくっていきたい。この場所が何となく好き、このイベントが好きでもいい。そこから自分も何かをここで生み出したい。そう思ってくれる人が1人でも増えたらいいと思っています。
小倉 私が渋谷を好きな理由の1つは、余白があるからです。裏路地や道を外れていってもまた発見がある。渋谷は来る人たちが自発的にカルチャーをつくっていった街であり、懐が深いところが渋谷の魅力です。街のプラットフォームが変わっても、渋谷に来る人たちが自由に出入りできる居場所、これからの時代にふさわしい余白があれば、また新しいものが生まれてくると思っています。
吉田 今、渋谷ではスタートアップやクリエーター、大企業の一部門などからも、もっとフレキシブルにスモールオフィスを使いたいというニーズが高まっています。渋谷は歩いているだけで、何がはやっているのかわかりますし、ビジネスの視点からも新たな発想が生まれやすいのでしょう。こうしたニーズにも応えていかなくてはなりません。
小倉 かつて編集者として海外の都市に取材で訪れると、駅はその街の顔だとつくづく思ったことがあります。各地の駅の姿は今でもまざまざと目の前に浮かんできます。今後の渋谷再開発も渋谷でしか出合えないものを伝えていけるようなプラットフォームになってくれたらいいと思います。長く愛される街になってほしいですね。
吉田 当社が大事にしているのは、つくって育てていくこと。最初は当社が仕掛けたとしても、いつしか皆さんがその当事者となり、思い思いにチャレンジできる。そんな環境になっていくことを目指しています。
渋谷は、働いている人、住んでいる人、買い物に来る人、学ぶ人……、それに世界中からも多くの観光客がやってきます。そうした人たちの渋谷での経験が1人ひとりの記憶に蓄積され、それぞれの中に渋谷という街のイメージが育っていくことも大事だと思っています。多様な人々のことを大切にしながら、渋谷で舞台をつくっていくのが当社の役割だと考えています。


