茨城県が描くD&I推進による「強い地方」の未来像 県内企業の取り組みでD&I推進の未来を考える

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左から ドロップ 代表取締役 三浦 綾佳氏 ジャーナリスト 福島 敦子氏 茨城県知事 大井川 和彦氏 茨城トヨペット 代表取締役社長 幡谷 俊一郎氏
日本経済の停滞で、真っ先に影響を受けるのは地方なのではないか。そんな危機感を胸に、茨城県で県を挙げて取り組んでいるのが、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の推進だ。今回はジャーナリストの福島敦子氏が、大井川和彦知事に県施策の狙いや現状を尋ねるとともに、先進的な取り組みを行う県下の経営者から実践に当たっての考え方や工夫を聞いた。

「地方が停滞する」知事が抱いた危機感

福島 茨城県はD&Iに積極的に取り組んでいますね。私も関連イベントで講演の機会をいただき、県民の皆さんの関心の高さを実感しました。

茨城県知事 大井川 和彦氏
県内企業の多くが当たり前に
D&Iに取り組める環境を

茨城県知事
大井川 和彦

大井川 私自身、日本経済が停滞した結果としてイノベーションが起きにくくなり、労働生産性や実質所得が上がっていないという危機感を抱いています。とくに地方は最初に影響を受けると考えられ、その危機を脱するために欠かせないのが、D&Iです。誰もが個々の能力を発揮し、多様な人が活躍できる社会に変えなければなりません。

具体的な施策も進めています。ダイバーシティ推進センターを設置し、県民向けに広く意識啓発を図っています。そして企業向けには、採用難や人手不足の中での女性活躍や障害者雇用、外国人材やシニア人材の活用などを後押ししています。さらに同センターでは、県民向けの各種講演会のほか、企業が主な対象の「いばらきダイバーシティ宣言」やダイバーシティ経営の課題解決のための「コンサルティング」、「いばらきダイバーシティスコア」により、自社のD&Iがどの程度進んでいるのかを可視化する仕組みを整えたりしています。

なお、「いばらきダイバーシティ宣言」による宣言団体は、現在(※25年11月15日現在)は518団体に拡大しており、機運の高まりを実感しています。

福島 課題があるとすればどのような点でしょうか。

大井川 経営者層の理解を幅広く得ることが、まだまだ難しい点です。先進的な企業にとどまらず、県内企業の多くが当たり前に取り組める環境を整える必要があります。また、単なる人手不足対策ではなく、人材の能力を生かし経営に参画してもらうなど、D&Iの質を高める段階に進みたいですね。

企業に欠かせぬ「10年先を見据える」人材活用

福島 三浦さんが代表を務めるドロップは、画一的でない多様な働き方を実現されていますね。

ドロップ 代表取締役 三浦 綾佳氏
ドロップ 代表取締役
三浦 綾佳

三浦 私自身が出産直後に広告代理業と子育ての両立に壁を感じたのがきっかけで、自ら起業し、ゼロからイチをつくる仕事である農業に参入しました。従業員一人ひとりに対してよりよい状態で働いてもらうことを意識したところ、働き方を重視する思想に共感した女性が多く集まり、結果として多様性のある会社になりました。

福島 個々の事情に合わせるとコストが増加する懸念もありますが、その点はいかがでしょうか。

三浦 農業は技術職の側面があり、長く勤めていただくことが存続のカギです。例えば必要人数が10人の場合でも15人採用し、産休・育休や介護休暇があっても業務が回る体制にしています。人件費率は高いですが、10年先の利益を見据えて運営しています。

また、従業員の主体的な提案を重視し、コミュニケーションも工夫しています。具体的には多様な年齢層と得意分野に合わせ、ツールを増やしました。朝夕の対面や業務チャットに加え、退勤前の日誌は手書きで共有します。給与明細にも毎月手書きのメッセージを添えており、デジタルとアナログを併用することで、従業員の意見を最大限に吸い上げています。

大井川 ドロップは人材を重視したきめ細かな経営で、多様な人材が活躍できる環境をつくっていることが印象的です。異分野から農業に参入された点も、多様性の価値を体現されていますね。

福島 続いて幡谷さんに伺います。幡谷さんが代表を務める茨城トヨペットでは、「日本一、『ありがとう』をもらえる会社」をビジョンに掲げ、男性の割合が非常に高いディーラー業の中で、女性の比率が約20%まで上がっているそうですね。

茨城トヨペット 代表取締役社長 幡谷 俊一郎氏
茨城トヨペット 代表取締役社長
幡谷 俊一郎

幡谷 社長就任時に、全従業員へ向けてビジョンを掲げました。定年までの長い時間を過ごす会社が楽しくなければ、よい人生だったとは言えないのではないでしょうか。感謝される経験が満足度を高めると考え、「ありがとう」を軸にしました。

また、同性が少ない職場ではなかなか発言しづらく、貴重な意見を見落としてしまうという実態がありました。やはり物理的に女性の人数を増加させていくことは欠かせないと考え、女性活躍を推進しています。

福島 少数派が一定割合に達しないと発言しにくい面もあり、多様な意見が生かされませんね。さらに、多様な人材の交流や異業種への出向にも力を入れておられますが、その背景を教えてください。

幡谷 ただ属性を増やすことにこだわるのではなく、異なるキャリアや文化が混ざることで新しい価値が生まれると考えています。ITや接客業の経験者など多様なバックグラウンドを持つ人材の中途採用を進めたり、大学や自治体、企業、海外などの出向先も用意したりしています。若手のうちに異文化に触れる機会を持ち、自身だけでなく、組織全体の成長につなげていきたいです。

福島 幡谷さんのお話は、知事の問題意識とも重なります。どのように受け止められますか。

大井川 多様な経験がキャリアの広がりや組織への貢献を生みます。私自身も官・民・政治の経験が発想の源になっています。茨城トヨペットを訪問した際、従業員の皆さまが生き生きと働かれている様子が印象的で、さまざまな取り組みが成果を上げていると感じました。

D&Iは特別視するものではない

ジャーナリスト 福島 敦子氏
県内に、先進的な取り組みを
行う企業が増えることがカギ

ジャーナリスト
福島 敦子

福島 D&Iを推進するうえでのトップのリーダーシップについて伺います。まず幡谷さんと三浦さんのお二人は、どのように定義されていますか。

幡谷 特別視はしておらず、会社を活気づけるためにあくまでも必要なことを進めているだけという認識です。多様な人材がいても、発言できなければ何も変わりません。そのため、心理的安全性を高く保つことも重要です。

三浦 私もD&I推進という枠組みではそこまで考えておらず、従業員を大事にするために当たり前のことだと捉えています。

福島 知事は県でのD&I推進において、どのようなリーダーシップを発揮されていますか。

大井川 外資系企業の役員を務めた経験も踏まえ、制度の見直しを進めている最中です。例えば副業や民間出向、離職後の再雇用など流動性を高める施策を制度化しています。

福島 お二人は、D&Iと企業価値向上との関係についてどう捉えていますか。

幡谷 従業員の力を生かすには、多様な考えを混ぜ、スピード感を持って課題に向き合うことが不可欠です。かつては、当社は同質的な組織の側面が強かったですが、キャリア採用の拡大によって解決できる課題の幅が広がったと実感しています。多様性の本質を正しく理解し、組織活性化に結び付けたいと考えています。

三浦 D&Iを推進しているかどうかは、取引先からも求められる要素となっています。その点で、茨城県はスコアや宣言などで見える化しやすい環境が整っていますね。ホームページや営業資料でも自社の取り組みを示しやすく、企業価値の向上につながっています。

福島 最後に、D&Iに取り組む企業の経営者やマネジメント層の方々にメッセージをお願いします。

三浦 ニーズの多様化と変化の速さに対応するには、イノベーションを起こし続けられる組織が必要です。多様な価値観を早く社内に取り入れ、気づきと対応のスピードを高めることが成長につながるのではないでしょうか。

幡谷 課題は次々に変わります。多様な考え方を混ぜ、個人としても組織としても変化に適応する力を高めることが重要ですね。

福島 お二人のように先進的な取り組みをする企業が、茨城県下に増えることも期待されます。

大井川 そのとおりです。地方は人口減少と経済力低下の二重の課題に直面しています。D&Iの核心は、多様性の確保によりイノベーションを起こし、「強い地方」をつくることです。お二人のような経営者を増やすことで、茨城県をより活力ある地域へと育てたいと考えています。

百貨店からも支持される農業系ベンチャー
ドロップ(茨城県水戸市)

ドロップ(茨城県水戸市)

フルーツトマト「美容トマト」やジュースの生産から加工、販売まで手がける農業系ベンチャー。栄養士や野菜ソムリエプロの資格を持つ三浦氏がブランディングと販路開拓を牽引し、直売所や自販機、ECを通じて全国に届ける。アイメック®農法など、ITを活用した先進的な農法にも積極的に挑戦し、高糖度のトマトの生産を可能にした。2017年に農水省WAP100認定、22年茨城県ダイバーシティ推進事業モデル企業に選出、23年「農業女子アワード2022」ベストカンパニー賞を受賞。

社会貢献と働きやすさを重視する地域密着のディーラー
茨城トヨペット(茨城県水戸市)

茨城トヨペット(茨城県水戸市)

茨城県内にトヨタ(35店)・GRガレージ(1店)・レクサス(3店)店舗を展開する自動車販売・整備会社。2020年のチャネル統合を機に独自のブランド構築を進めて“らしさ”を磨く。環境と地域貢献を軸に、ISO14001全事業所認証取得に向けた活動や「茨城エコ事業所」全店舗認定を進めるとともに、県内へ累計約4000本の苗木を寄贈。サステナビリティーを実践する方針の下、電動車普及やカーボンニュートラルに注力する。子育てサポート企業として「くるみん」認定。

>茨城県ダイバーシティ推進センター「ぽらりす」について詳しく見る