創業140年みそ蔵が「価格転嫁」を実現させた秘訣 市場拡大、収益向上のカギ握る「価値の再定義」

原材料価格は高騰し、マーケットは縮小する厳しい環境
宮崎県都城市に工場を構える早川しょうゆみそは、創業明治18年(1885年)。140年にわたって九州独自の麦みそと甘みのある九州しょうゆを造り続けてきた。その品質は高く評価され、地域に根付いた食文化を支える存在として、確かな地位を築き上げている。
「だから逆に、価格転嫁は簡単ではありませんでした」と話すのは、創業家の7代目で取締役専務を務める早川薫氏だ。
「もっと小規模な企業であれば 『手造りしている』といった付加価値で価格を上げることが可能でしょう。大手ならば、小幅の値上げでも規模の大きさで収益をカバーできるかもしれません。当社の規模だと製造は機械化していますし、麦みそが九州特有の食文化ということもあってほかの地域に拡販するのも容易ではなく、どちらの戦略もとりにくいのが正直なところです」
しかし、同社を取り巻く環境は、価格転嫁を余儀なくさせていた。まず、みそとしょうゆのマーケットが著しく縮小しているのが大きい。総務省の家計調査によると、2023年の消費量はみそもしょうゆも2002年に比べて4割以上減少した(※)。
原材料価格の高騰も、それに追い打ちをかけている。日本銀行の企業物価指数によれば、麦みそと九州しょうゆの原料である大豆と大麦の輸入価格は2020年以降、ピーク時で大豆が2.2倍、大麦は2.6倍にまで上がっている。
「原料価格が急激に上がったことのしんどさは、相当なものがありました。製造工程のほとんどでボイラーを使いますので、エネルギー価格高騰の影響も大きく受けています。そうやって跳ね上がったコストを、従来の価格で吸収するのは困難でした」
※出所:総務省統計局「家計調査 品目別支出金額、購入数量及び平均価格(二人以上の世帯)」
「消費者離れ」の懸念を乗り越えるために
価格転嫁せざるをえない状況に追い込まれた早川しょうゆみそだったが、すぐに価格を上げたわけではなかった。
「最終的に値上げをしなければならないことは明白でしたが、いきなり値上げをすると、消費者離れを起こしかねません。慎重に判断する必要があると考えていました」
慎重になる背景には、過去の教訓がある。業界で足並みをそろえて一斉に値上げするはずだったところ、他企業が追随せず、同社だけ先に値上げした形となってしまい、一時消費者離れを招いたことがあったのだという。
そうした経験は、バイヤーとやり取りする営業社員など現場の意識にも当然影響しているため、価格転嫁のコンセンサスを得る意味も含め、まずは社内へ目を向けた。
具体的には、製造コストと生産効率の見直しを実施。もちろん、それだけで跳ね上がったコストを吸収することはできなかったが、「改めて精査しないと気づかない部分も多かったですし、社内のコミュニケーションを活性化させるきっかけにもなりました」と早川氏は振り返る。
そうして生産工程の磨き上げを行いコストの最適化を図りつつ、業界内の動きに目を配り、取引先のバイヤーとも細かくやり取りを重ねながら、少しずつ価格を上げていった。「3年ほどかけてゆっくりと上げた」結果、麦みその販売価格は、2012年に456円/kgだったのを、2023年に720円/kgまで57%引き上げることに成功した。
注目は、これだけで満足せず、「価値の再定義」によって開発した新商品で、さらに大幅な価格転嫁を実現させたことだ。早川氏は次のように説明する。
「九州では麦みそが愛されていますので使ってもらえますが、大半の地域では米みそが一般的です。スポットで試してもらうことはできても、麦みそに完全に切り替えて日常の食事に定着させるのは簡単ではありません。
そこで、ターゲットとなるマーケットを変えようと考えました。目をつけたのがスパイス市場です。

ペースト状のみそだとみそ汁などトラディショナルな使い方にとどまりますが、粉末にすればいろいろな料理に使えます。うま味が豊富なので、ふりかけやパルメザンチーズのような使い方もできます。ヴィーガンフレンドリーな調味料にするなど、多様なニーズや食文化に合わせた提案ができると考えました」
国際規格も取得し新たなマーケットへ展開
実は早川氏は、価格転嫁に取り組みながらも「粉末みそ」の開発をすでに進めていた。熱を入れると風味が飛んでしまうため、工場の職人から「不可能」とまで言われたが、試行錯誤を繰り返し、約5年かけて商品化にこぎ着けている。
「粉末みそは、当社の強みである麦みそから作っています。既存の設備と技術を応用して設備投資は最低限にとどめていますので、商品の形態を変えただけで収益力を大きく向上させることができました」
2023年の粉末みその販売価格は約5000円/kg。これは、同じ原料で作られたペースト状の麦みそ(同年価格720円/kg)と比較して約694%に当たる単価、つまり約7倍の価値向上を実現している計算となる。
しかも、利益率が高いだけでなく、粉末なので保存性も高い。調味料として幅広いニーズに対応できるため、従来の地域密着にとどまらず、海外を含めスパイス市場やギフト市場など多様なマーケットに展開することが可能だ。実際、海外バイヤーからは物流コストの利点も大きいと高評価が寄せられているという。
「OEM(相手先ブランドによる生産)やPB(プライベートブランド)商品など、さまざまな依頼を指名でいただく機会が増えました。海外からのご相談も多く、現在までに16カ国で輸出実績があります。海外は価格交渉に関して柔軟ですし、メーカーへのリスペクトも強いので、さらに広げていける手応えを感じているところです」
見逃せないのは、同社が粉末みその開発だけでなく、海外進出を見据えた準備を早くから進めていたことだ。国内のみそ・しょうゆのマーケットが縮小し続けている現実と真正面から向き合い、約10年前から海外の展示会に参加。非常に厳格で、グローバルで信頼度の高い食品安全マネジメントシステムの国際規格「FSSC22000」も取得している。
「FSSC22000は、コンサルタントを入れることなく、自社だけで5年連続で取得しています。取引先の信頼獲得につながっているだけでなく、社員の意識を大きく引き上げる効果も出ています。
最初に価格転嫁を検討したときは、営業部門と製造部門、そして経営側と三者三様の意見が出てまとまらないこともありましたが、国際規格の取得や製造コスト、生産効率の見直しなどを通じ、組織としての力を高められたのは大きな成果だと思っています」
価格やコストの数字だけを見るのではなく、そこにつながる商品の形態や付加価値のバリエーション、それらを実現するための体制や社員の意識まで変革していった早川しょうゆみそ。一見遠回りでも、価格転嫁の確かな根拠を積み上げたことが、企業としての持続可能性を高めることにつながったといえるだろう。
「物価高が続く中で、日々頑張ってくれている社員のみなさんに賃上げで還元したいというのは、経営者の1人として強く思っているところです。そのために適切な価格転嫁を実施していくことは非常に重要だと考えています。
もちろん、すべての取り組みがうまくいくわけではなく、私も日々トライ・アンド・エラーの繰り返しです。『1勝99敗』の精神でひたすらチャレンジを繰り返すことが大切だと思っています」



