法改正に対応、経営を守る「個人防護具」の選び方 「二歩先」見据えた安全対策を提供する企業とは

こうした中、世界100カ国以上で事業展開する個人防護具メーカーの豪アンセルは、化学物質による労働災害の発生を防ぐため、科学的アプローチによる安全対策を後押ししている。法改正を機に変わる企業の安全意識と、これからのリスクマネジメントのあり方について、同社CEOのニール・サーモン氏と、日本事業統括本部長の黒澤恵梨香氏に聞いた。
新たな安全基準で問われる「科学的根拠」に基づく管理
――2024年の労働安全衛生法改正によって、化学物質による労働災害防止のための対策強化が企業に課せられました。企業への影響をどのように見ていますか。
ニール 日本が化学物質管理の安全基準に対する要件と関心を高める取り組みを進めていることは高く評価すべきだと考えています。一方で、現場では問題の複雑さゆえに、新たな課題も生まれています。
安全管理の基準が細分化されたことで、これまで674種類だった対象物質数が、今後は約2900種類まで広がる見込みです。企業はより多くの化学物質についてリスク評価と対策を講じる必要が出てきました。そのため、相応の準備と対応コストを要するなど、新たな負担が発生しています。
黒澤 当社が日本国内の安全管理者500人以上を対象として25年3月に実施した調査によると、改正から1年が経過した時点でも、多くの企業が安全教育やリスク評価、適切な個人防護具の選定と運用に課題を抱えていることが明らかになりました。
従業員を守りながらも、作業の生産性は維持する必要があります。その両立が非常に難しい部分です。特に中小規模の企業においては「どこから対策を始めたらいいかわからない」というのがいちばん大きな課題になっていることが調査結果から見えてきています。
――化学物質から従業員を守り、職場の安全性を持続的に高めていくためには、どのような視点を持ち対策を取ることが重要でしょうか。
ニール まずは、さまざまな企業や専門機関の知見を取り入れながら、どの製品が本当に防護性能を発揮できるのか、その信頼性を慎重に見極めることが何より重要だと考えています。
当社が創業したオーストラリアでは、強い日差しの下で日焼け止めを使用するのが日常です。しかしかつて、高い保護指数を示して「肌を守る」とうたっていた多くの製品が、実際には十分な効果がなかったことが判明したという出来事がありました。原因は、試験方法そのものに誤りがあったためです。
日本の作業現場でも同じことが起きてほしくないと強く感じています。当社では、自社内で試験を実施するとともに、外部認定試験所による検証も行い、常に複数の試験結果の裏付けをとっています。
化学物質から作業員の身をきちんと守るためには、試験の精度と透明性を高め、その防護具が「本当に信頼できるデータに基づいているか」を確認する姿勢が欠かせません。
例えば、ある防護具が特定の薬剤に「適合」と表示されていても、その試験条件が実際の現場で使用されている化学物質の濃度や環境と異なるケースもあります。だからこそ、現場の実情に合ったデータを持つメーカーやサプライヤーを選び、確かな根拠のある製品を適切に採用することが、従業員の安全を守るうえで最も重要です。
――実際に防護具を使用する際には、どのような点に気をつけるべきですか。
ニール 「劣化」と「透過」の違いを正しく理解する必要があるでしょう。劣化とは、手袋などの防護具の表面に変色や亀裂といった目に見える変化が表れる状態で、比較的気づきやすい現象です。
一方で、より注意すべきなのが「透過」です。化学物質が分子レベルで素材を通過して防護具の内部へ侵入する状態を指します。
気づかないうちに薬剤に曝露して化学物質が体内に吸収され、作業者を脅かします。透過は必ずしも目に見えるものではなく、透過が起こっていても、表面上、素材には変化がないように見える場合もあります。
そのため、防護具の選定時には科学的なデータの裏付けが不可欠です。「どの防護具がどの化学物質にどの程度耐性を持つのか」といった信頼性の高い試験データを保有し、それを現場に的確に提供できる体制を整えることが、安全管理の成否を分けるポイントになると考えています。
130年の信頼を基盤に、コンサルとデータで現場を守る

――アンセルは個人防護具の提供を通じて、企業の安全管理を支えています。特徴や強みを教えてください。
ニール 当社は130年以上にわたり、世界中の働く人の安全を守ることに専念してきました。より安全な未来をつくることをミッションに、起こる前に問題を理解し、企業が助けを必要とする前に解決策を用意する「二歩先」の未来を見据え、明日起こるかもしれない職場のリスクを未然に防ぐ姿勢を大切にしています。
現在、当社の製品は世界100カ国、35業界以上で利用されています。「安全性」と「快適性」を両立した防護具の提供を通じて、働く人が安心して働ける環境を支援しています。
当社の強みは、長年のブランド力と、研究開発から製造まで一貫して行う体制にあります。お客様の声を直接聞き、ニーズに合わせて自ら製品を設計・製造することで品質とスピードを両立させています。
また、パンデミックや地政学リスクなど、先行きが読めない時代においては、供給体制の多様化が欠かせません。1つの国や拠点に依存せず、複数のサプライルートを確保することで、どんな状況でも安定した製品供給を実現しています。
――現在注力されているサービスについてご紹介ください。また、それらは企業の抱える課題や社会的ニーズにどのように応えているのでしょうか。
日本事業統括本部長 兼 北アジア地域マーケティング責任者 黒澤 恵梨香氏
黒澤 現在、特に注力しているのはオーダーメイドの安全性評価とコンサルティングを無償で提供する「ガーディアンサービス(AnsellGUARDIAN™)」と、化学物質の透過データを提供する「ガーディアンケミカルサービス(AnsellGUARDIAN™ Chemical)」です。
「ガーディアンサービス」では、当社の専門家がお客様の元へ訪問し、現場環境や取り扱っている化学物質のリスクアセスメントを実施したうえで、適切な防護具を提案し、有効な防護具の選択をサポートします。
ここで重要なのは、初期コストが高くても耐久性の高い製品を採用することで、交換頻度が減り、結果的にトータルコストを削減できる場合があるという視点です。より耐久性の高い手袋を採用すれば、安価な手袋を1日に2~3枚使う代わりに1枚で済むようになり作業の効率化やコストの削減につながります。
一方、「ガーディアンケミカルサービス」は、当社が保有する5万種類以上の化学物質データを基に、条件に該当する防護具の選択肢が提示されるサービスです。
一般的な単一物質であれば、オンライン上でお客様ご自身で手軽にデータをダウンロードいただけます。また、混合物質などの場合は個別に調査依頼をいただく形で対応いたします。2024年の安衛法の法改正施行から1年間で、日本のお客様から1万件を超えるお問い合わせをいただきました。
その中で、日産自動車様にお問い合わせをいただいた際には、数千種類の化学物質リストをご提供いただき、私たちが独自に必要なテストを実施したうえで、日産自動車様の作業環境に適した防護具を選定・提案しました。小規模な企業様から、多数の化学物質を扱う大企業様まで、あらゆる企業にソリューションを提供することが可能です。
ニール お客様の状況に合った安全対策を提案することが実際の課題解決につながるため、きめ細かな対応を重視しています。職場環境は常に変化しており、ロボティクスやバッテリー技術などの技術革新に合わせて、新たな化学物質にさらされるリスクも生まれています。そのためリスク評価は一度で終わりではなく、継続的な見直しが不可欠です。
しかし、安全管理者の方々は、少人数で多岐にわたる判断を迫られることが多く、限られたリソースの中で最適解を見つけなければなりません。私たちはそうした負担を軽減し、現場で迷わず選択できる環境を整えることを目指しています。
安全と快適を両立する防護具で働きやすさを追求
――製品作りのこだわりについても教えてください。
黒澤 当社は、化学物質の取り扱いや漏洩対策の分野で、常にイノベーションを追求しています。そうした取り組みによって、日本を含む各国のお客様に、より大きな安全価値を提供することを目指しています。
その一環として、アンセルは日本でいち早く、アセトン対策に特化した新製品「TouchNTuff™ 93-800」を発表しました。これは使い捨てタイプとして初めて(※)、15分以上のアセトン耐性を実現した手袋です。※同社調べ
分厚いタイプの手袋であれば防護性能は確保できますが、作業性が損なわれます。一方、当社の既存の耐透過使い捨て手袋でも、アセトンへの耐用時間はわずか3分ほど。厚手の手袋を使うか、小まめに交換するかの二択しかありませんでした。
今回新たに開発した手袋は、使い捨てタイプでありながら15分間、アセトンへの耐性を保持します。作業効率と安全性の両立を実現したこの製品は、まさに現場が待ち望んでいたソリューションです。
アセトンは自動車や半導体、精密機器などの製造現場で広く使用されています。実際に展示会で製品を発表した際には来場者の方々から多くの関心をいただきました。
また、静電気の蓄積も見逃せないリスクです。静電気が火災や爆発の引き金になるケースもあるため、当社では帯電を防ぐ導電性素材の手袋を開発し、国際規格にも準拠した高い安全性能を実現しています。
医療分野でも院内感染対策の取り組みを進めています。例えば、手術準備の時間を短縮するための使い捨て抗菌手術台カバーの提供や、ラテックスアレルギー(Ⅰ型)や手荒れを起こす化学物質アレルギー(Ⅳ型)のリスクを抑えつつ高い快適性を備えた合成ゴム手袋の開発です。手荒れを防ぐことで手指衛生の徹底につながり、ひいては院内感染リスクを低減することができると考えています。
――安全対策への投資を進める企業へのメッセージをお願いします。
ニール 職場の安全対策は、企業ブランドの信頼を築く基盤でもあります。従業員や消費者は、企業がどれほど真摯に「人」を大切にしているかを敏感に見ています。
本当に守られているかどうかは、手遅れになって初めてわかることでもあります。だからこそ、企業が誠実に安全を守り続ける姿勢こそが、長期的な成長と信頼の礎になると思います。
日本企業は高い安全意識を持ち、先進的な製造技術への投資にも積極的です。当社は安全性とコスト効率を両立する製品を通じて、貢献していきたいと考えています。
さらに私たちは、環境負荷の低減にも全社的に取り組んでいます。2045年までにネットゼロの達成を目標に掲げ、すでにCO₂排出量を20%削減しました。使用エネルギーの半数以上を再生可能エネルギーに転換し、新製品の約8割をより環境負荷の少ない素材へと移行しています。
持続可能性は、企業だけでなく労働者や社会全体の未来を支えます。アンセルは、安全と環境の両面から、「より良い働く未来」の実現を目指してまいります。
https://www.ansell.com/jp/ja/campaigns/enresourcecenter/new-industrial-safety-and-health-act
https://www.ansell.com/jp/ja/products/touchntuff-93-800
https://www.ansell.com/jp/ja/products/alphatec-53-002



