「価格交渉がうまくいかない…」頼れる場所とは? 中小企業の取引上の悩み相談にアドバイス

そんなときに頼りたいのが、中小企業の取引上の悩み相談に専門の相談員が無料で応じる「下請かけこみ寺」(※1)だ。下請かけこみ寺の助言を受けた企業がどう価格転嫁・交渉を進めているのかをストーリー形式で紹介する。(ストーリーは実際の事例を基にしたフィクションです。登場人物はすべて仮名です)
※1:「下請かけこみ寺」は、2026年1月1日に「取引かけこみ寺」へ名称が変更される
「賃上げしたくてもできない」中小メーカーの苦悩
今年、創業60年を迎えた加工メーカーA社は、従業員数10名。特殊な素材でもミクロン単位で精密に加工できる技術力が高く評価され、自動車部品メーカーB社から部品加工を請け負っている。
高い技術力の源泉は、長年にわたってA社で働いてきた社員にある。だからこそ、A社社長の杉山は社員を大切にし、給与などの待遇には十分に配慮してきた。しかし、昨今の物価高の勢いはすさまじい。これまでも利益を削って賃上げを続けてきたが、到底追いつけない水準となってきた。
 
加工メーカーA社の社長
「このままだと十分な賃上げができず、社員が転職してしまうかもしれない……」。そうなれば、業績の低下どころか倒産してしまうリスクもある。社員の退職をきっかけに事業が傾いた話を知人の経営者から聞いていた杉山は、思い切って取引先のB社に価格交渉を試みた。
最初は順調だった。原材料費分の価格転嫁に関しては、すぐに合意を得られたのだ。ところが、高騰した燃料費や労務費についてはゼロ回答。とりわけ燃料費は、機械を稼働するのにさまざまな燃料が必要なだけに、何度も交渉を試みたがテーブルに着いてもらえない。書面での回答を求めたが、のらりくらりとかわされてしまう。
「できることはやってみたけど、八方塞がりだ。どうしたらいいんだろう」。困った杉山は、知人の経営者の佐藤に電話をかけて悩みを打ち明ける。すると、佐藤はこう言った。「『下請かけこみ寺』に相談してみたら?」。
杉山「下請かけこみ寺?それってどんなところ?」
 
会社を経営する杉山の知人
佐藤「中小企業庁の委託事業として全国に設置されている公的な相談窓口で、無料で相談できるよ。私も、取引先とのトラブルがあったときに相談したの。下請法(※2)に詳しい専門の相談員がじっくり話を聞いてくれるから、解決の道筋が見えてくると思うよ」
杉山「へえ、それはありがたいね。でも、うちが相談していることは知られたくないんだよ。取引先との信頼関係が壊れて発注が減ってしまったら、それこそ死活問題だからなあ」
佐藤「最初は匿名でも相談できるよ。私のときもそうだったけど、相談員は取引先との信頼関係を崩さないことを最優先に考えてくれて、どうやって交渉したらいいかわかりやすくアドバイスしてくれるから大丈夫。それに、相談内容だけでなく相談したこと自体も秘密として取り扱ってくれるから安心だよ」
※2:発注者・受注者の対等な関係に基づき、事業者間における価格転嫁および取引の適正化を図るための法律である「下請法」は2025年5月16日に改正法が成立。法律名が「取適法」(中小受託取引適正化法)に変更され、26年1月1日に施行が予定されている
価格交渉を実現に導いた「助言」と入念な「準備」
佐藤の言葉に背中を押され、杉山は早速、下請かけこみ寺に電話をかけた。相談員の大橋につながり、そのままB社との経緯を話す。
杉山「おそらく、原材料費分の価格転嫁に応じたので、それ以上のことに対応する必要がないと考えているんじゃないかと思うんです。もう、どうしたらいいのかわからないんですよ」
 
下請かけこみ寺の相談員
大橋「取引を打ち切られるかもしれないと思うと、なかなか強くは言えませんよね」
杉山「そうなんです!どうしたらいいでしょうか」
大橋「お話を聞く限り、下請法で禁止されている『買いたたき』に該当する可能性がありますので、まずは法律違反に当たるかもしれないとお伝えすることをお勧めします。
というのも、杉山さんが交渉している部門のご担当者は、そこまで法律に詳しくない可能性があるからです。『公的相談窓口の下請かけこみ寺で、下請法に違反しているかもしれないと言われたので、コンプライアンス部門の方たちと一度確認してもらえませんか』といった言い方であれば、角を立てることもなく、スムーズに交渉が進めやすいと思います」
そのうえで、大橋は「買いたたき」についてもわかりやすく説明。通常支払われる対価(同種または類似品などの市価)に比べて、著しく低い額が不当に定められることが「買いたたき」だが、燃料費や労務費のコスト上昇分が受け入れられないことや、価格交渉が十分に行えない状況もそれに該当すると知り、杉山の気はずいぶん楽になった。
杉山「法律のことがわかると、どうやって話を進めたらいいかも見えてきますね! これなら価格交渉に持ち込めそうです。ちなみに、価格交渉をスムーズに進めるコツはありますか?」
大橋「価格交渉では、説得力のある資料を提示することが有効です。原価計算だけではなく、市場の動向や競合製品との機能・性能比較表などを用意しておくことで、取引先のB社も改めてA社さんの価値を再認識されるのではないでしょうか」
実際、大橋のアドバイスに従って原価計算をしたところ、原価割れをしている製品があることが判明した。交渉を優位に進める材料となり、A社は単価の引き上げに成功。大手並みの賃上げ率を実現した。
それだけではない。原価計算のために現場の工程を洗い出したことで、工数を削減できるポイントが可視化され、業務効率が改善。競合比較によって自社の強みを再確認したことで、新規事業の立ち上げにもつながった。「下請かけこみ寺」への相談をきっかけに、トラブルの解消と価格転嫁を実現させただけでなく、経営の質も高めることができたのである。
半年後。ある経営者から取引先とのトラブルについて相談を受ける杉山の姿があった。「まずは下請かけこみ寺に電話してみたら?相談員や弁護士に無料相談できるし、トラブル解決だけでなく経営を見直すきっかけにもなる……」。
「悩んだら駆け込む」下請かけこみ寺とよろず支援拠点

下請かけこみ寺で対応しているのは、このストーリーで紹介したA社のような製造業だけではない。「下請かけこみ寺にはあらゆる業界・業種から、年間で約1万2000件(2024年度)に上る相談が寄せられています」と、実際に現場で対応している下請かけこみ寺の相談員は語る。
「建設業や軽貨物の配送業、ビルメンテナンス業や清掃業などのサービス業、個人事業主からのご相談も増えています。『代金の未払い』や『取引中止』『代金の減額』に関するご相談が多いですが、同じ未払いや減額でも、その状況は千差万別です」
裏を返せば、複雑な状況のため、事業者にとっては問題の本質が見えにくい。「どう伝えたらいいかわからないので相談しづらい」「こんな混乱している状態で、相談員の手を煩わせたら申し訳ない」と思う経営者も多いだろうが、遠慮せずに連絡してほしいと言う。
「経営者も個人事業主も、大きなプレッシャーを抱えています。取引先とのトラブルが生じたり、価格交渉の必要性を感じたりすることで、そのプレッシャーが精神的な負担となってしまうことも少なくありません。そこまでになる前にご相談をしていただきたいですね。
最初は筋道が立たない話をしていても、お聞きしているうちにだんだんほぐれてくる方もたくさんいらっしゃいます。『こんなささいなことでも相談できるのかな』というくらいでもかまいません。ご相談内容によってはほかの適正な窓口のご案内もさせていただきますので、まずは気軽に下請かけこみ寺へご連絡ください」
トラブルの内容によっては、相談員だけでなく弁護士も相談に応じてくれるほか、紛争を迅速・簡便に解決する調停手続き(ADR:裁判外紛争解決手続き)にも無料で対応。裁判と違って非公開なので当事者以外に秘密が守られるのも安心だ。
【主な相談内容】
取引に関する悩み・トラブル
(買いたたき、代金の減額・値引き、価格交渉など)
【特徴】
・取引問題に特化
・弁護士による無料相談
・「裁判外紛争解決手続き(ADR)」で迅速な解決を目指せる
また、下請かけこみ寺と同様に、中小企業・小規模事業者向けの相談所として全国に設置されている「よろず支援拠点」も、幅広い相談に対応。価格交渉に関しては「価格転嫁サポート窓口」を設置し、価格交渉に関する基礎的な知識や原価計算の手法の習得も支援している。
【主な相談内容】
経営に関するあらゆる悩み
(売り上げ拡大、資金繰り、経営改善など)
【特徴】
・経営上のどんな相談にも対応
・さまざまな分野の専門家が在籍
・何度でも無料で相談できる
「短期的な交渉テクニックよりも、中長期的な経営戦略として価格交渉を捉えるようアドバイスしています」と話すよろず支援拠点のコーディネーターは、「長年の取引関係があると、価格交渉に抵抗を感じる経営者は多くいます。また、『交渉事はよくない』という無意識の思い込み、アンコンシャスバイアスを持っている人も少なくありません」とも指摘する。
そうしたアンコンシャスバイアスを抱えている場合、価格交渉・転嫁の必要性に気づくことなく「防衛的賃上げ」に踏み切り、経営の苦しさに悩んでしまっていることもあるだろう。そうした思いを一人で抱え込まず、まずは「下請かけこみ寺」や「よろず支援拠点」に相談する――。それが、閉塞した状況を打開し、経営強化につながる一歩となるのではないだろうか。



