経営トップが「自らAI活用」をするべき納得の理由 グローバル調査の結果が示すAI普及の「最適解」

AIの進化に戸惑う企業経営者
スイスに本社を置き、世界60以上の国と地域で人材サービス事業を展開するアデコグループは、AIに関する大規模な企業調査を実施している。最新の調査は2024年11月から25年1月にかけ、日本を含む世界13カ国2000名の経営幹部層に対して実施された。
本調査は世界の企業経営者が、AIによる労働環境の激変をどう捉え、どのような対策を取っているかを聞いたもので、結果をまとめた調査レポート「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」はAIに対する経営者の戸惑いと試行錯誤を示す内容となっている。
Adecco Groupグローバル調査レポート「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」より抜粋
今回の調査結果について、アデコグループ日本法人・アデコ代表取締役社長の平野健二氏は次のように語る。
「AIの導入について、企業がパイロットレベルから本格展開に移行する際に、さまざまな課題が見えてきたことがわかります。とくに組織や人材面においては、スキルの習得や大規模展開に必要なデータ基盤・ガバナンス整備といった面の遅れが顕在化している状況が明らかになっています」
代表取締役社長
平野 健二氏
調査結果では、「AI導入戦略に対するリーダーの自信」が、前回24年の69%から58%に低下しており、企業のリーダー・従業員ともに、経営層がAIに必要なスキル、知識を身に付けていると答えた割合は約半数にとどまっている。また、AIを導入するためのポリシーや社内体制の整備については、全体の約3分の1しか取り組むことができていない。
Adecco Groupグローバル調査レポート「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」より抜粋
「AIは導入すれば自動的に動き出すものではなく、人がどこのプロセスに使うかを決め、オペレーションを作っていく必要があります。つまり、AIの本格普及時代に入って、企業内でAIを活用していくための人材が不足していることが顕在化したとみています」
AIに限らず、企業はこれまでも新たなテクノロジーが登場するたびに、その技術を理解し、対応してきた。その意味ではAIについても正常な進化のプロセスをたどっているといえる。
しかし平野氏は「AIが企業に与える影響は、これまでの新技術とは異なる劇的な進化であり、企業活動を一変させるインパクトがあると感じています」と語る。
経営者に必要な、AI活用を牽引する「覚悟」
調査結果で、グローバルと比べて日本の違いが表れたものの1つに、経営層と現場のAIに対する意識のズレがある。58%のリーダーはAIに適応するために現場のスキルアップや役割のアップデートを求めているが、43%のリーダーはAIに対する明確な方針を打ち出すことができず、現場に判断を任せている。従業員に対してAIスキルの習得のためのトレーニングを実施している企業も、56%にとどまっている。
これについて平野氏は、経営者が自らAIを使い、AIを理解することが、普及において重要なポイントだと話す。
「新しい技術のインパクトに対してセキュリティ、ガバナンスをしっかり整えて取り組みたいと考える経営者が多いといえますが、経営者自身のAIへの理解が追いつかないことも影響していると考えます。
経営者の慎重姿勢は現場にも波及しやすく、そうなると全体の取り組みが停滞してしまう。経営者がいくら社員にAI活用を促しても、自分が使っていなければ説得力に欠けてしまいます」
平野氏自身も、積極的にAIを使って試行錯誤を繰り返しているという。
「身近な例として、メールの返信文を書くことは結構時間を取られますが、下書きをAIに書いてもらうとかなりの時間短縮になります。とても便利で、一度使うとそれが当たり前のことになりますが、まず一歩を踏み出すことが重要です」
アデコが企業に提供しているサービスにも、リーダーシップ向けのプログラムが多数ラインナップされており、経営層向け、ミドルマネジメント向けのそれぞれについて、AIへの向き合い方を加えたプログラムになっている。
一方で、経営層やマネジャー層だけがAIに積極的になっても、組織全体を動かすことはできない。現場の従業員がAIを理解し、リスキリングできる教育システムの構築と、自ら学ぶカルチャー醸成のための制度設計も重要だ。
AIの活用が、人の可能性を広げることにつながる
平野氏はAIと人の関係性を考えるとき、2つの着眼点があると話す。1つ目は、AIがどんなに進化しても、人にしかできない仕事があり、AI時代にはそこをさらに磨き込む必要があることだ。
「ビジネスの相手が人である以上、AIだけで完結することはありません。私自身、人にはAIにはまねができない温かみ、関係性を構築する力があり、今後ますますそれが重要になると確信しています」
そして、人がすべきことがあるからこそ、それに注力できるよう、進化するAIのパワーを積極的に活用することが必要だという。これが2つ目のポイントだ。
「大量の情報を大分類したり、簡単な問い合わせに答えるといった能力は、すでにAIが人を上回っています。まずはAIが得意とする領域から業務のオペレーションにAIを組み込むことで、業務を効率化し、人ならではの役割に注力する時間をつくることができます。

とはいえ、AIは何でもできるツールではありません。先ほどのメールの話と同じで、組織全体がAIを使ってみて、さらにどのように業務にAIを組み込んでいくかを模索し、つねにブラッシュアップしていくことで、自社にとって適したAIの活用方法が見えてくるはずです。人の可能性を最大化するためにも、AIとどう協働していくかが重要です」
だが経営者も現場も、進化が激しいAIの技術をつねに理解し、対応していくのは難しい。平野氏は、AIの専門家や他社の事例などから情報収集することが重要だと話す。
「社内で私よりも優れた『AIの使い手』はたくさんいますので、そういうメンバーに頻繁に話を聞いています。また社外のAI先進企業に、どう活用しているのかを見せてもらっています。
進んでいる企業は、チャットや検索といった領域を超え、ビジネスそのものの支援や予測にAIをフル活用しています。他社事例の多くはその企業に適したものであり、自社ですぐに使えるというわけではありませんが、AIのインパクトを直接知ることで、意識を高めることができます」
平野氏が言うようなAI先進企業は、企業調査の中で10%の「未来対応型」として取り上げられており、従業員のスキルアップに熱心で、リーダー育成のために投資を行い、変化に柔軟に対応できる体制を整えているという。こうした企業の取り組みを参考にすることも必要だろう。
Adecco Groupグローバル調査レポート「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」より抜粋
企業が求める「AIを理解し、共存する人材」
また人材ビジネスを展開するアデコでは、派遣社員のデジタルスキルの習得支援を行うとともに、未経験者を育成し、デジタル人材として企業に派遣している。
「AI時代において、AIと人の適切な役割分担について理解する人材が、企業の中でも不足しています。当社では、企業の即戦力になるデジタル人材を養成するため、スキルとマインドの育成を進めています。足りないスキルがあれば教育プログラムとして用意するなど、つねに改善を行っています」
アデコグループとして、新事業につながる取り組みも進めている。2025年3月、米セールスフォースとの合弁会社である「r.Potential」を米サンフランシスコに設立した。
「r.Potentialは、人間とデジタルレイバー(仮想知的労働者)が共存・共栄する職場の実現に向けて、企業が働き手の人間性を損なうことなく業務を自動化し、最適な人材配置ができるよう支援します。当グループに蓄積された数十年にわたる人材関連のリソースと、セールスフォースのAgentforceおよびAgentExchangeを組み合わせることで、未来の働き方を設計し、企業のニーズに応える新たな人材サービスの創出を目指しています」
AIが普及すればするほど、人の役割は重要になり、人材不足が企業の課題となっている。AI時代の人間とAIが共に働くという新たなパラダイムにおいて、人を中心とした適応力のある組織づくりのために企業に必要な第一歩は、リーダー自らが率先して「実際に使い、理解する」姿勢だということが、今回の調査とアデコの取り組みからも見えてきた。



