取引先の“満足度”を高める「価格転嫁」の実現法 慶大発ベンチャーが地域で実践した「三方よし」

価格交渉がスムーズに進んだ背景にある「事情」
オークツは、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科で地方創生プロジェクトに取り組んできた大江貴志氏が設立したベンチャー企業で、産学官連携による地域活性支援に取り組んでいる。
その1つに、沖縄県・国頭村にある県内で10番目の道の駅として2022年3月にオープンした「道の駅 やんばるパイナップルの丘 安波(あは)」の指定管理者として、国頭村役場や国頭村商工会議所と連携した地場産業の振興・創出支援プロジェクトがある。

特筆すべきは、道の駅をオープンさせてから3年で、物販および飲食の平均単価を約20%アップさせたことだ。ちなみに、22年から24年の物価上昇率は約5.4%(※)。物価高を大幅に上回る価格転嫁に踏み切った経緯について、大江氏は次のように語る。
※総務省統計局が公表する消費者物価指数(2020年基準)を基に算出
「オープン時は、商品やメニューをそろえるのに手いっぱいで見落としていましたが、HACCP(ハサップ)厳格化やコロナ後の人手不足により、商品の生産委託が可能な食品加工場が減少し、価格転嫁をしないと商品の供給を維持するのが難しい状態でした」

HACCPとは、食品の安全を確保するための国際的な衛生管理手法のこと。食品衛生法の改正によって、21年6月からすべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が義務化された。3年間の経過措置が設けられていたが、24年5月末で終了となっている。
沖縄では、地場の特産物を小規模な食工房などで加工することも多かったが、HACCPの厳格化によってその多くが継続できないと見込まれていた。そうした中で、県産品の生産から加工・販売を支援していたオークツは新たな加工場を探したが、県内では難しく、沖縄県外の工場で加工すると物流コストが上がってしまうという問題に直面していた。
そうした状況の中で、原材料の仕入れ先である農家や卸売業者への価格交渉を進めた。価格交渉の難航も想像されるが、そうはならなかったという。その理由について、大江氏は「価格転嫁が重要だという社会情勢であると理解されていることが大きかった」と説明する。
「HACCPとコロナという外部要因で供給量が落ちていることは取引先も十分に理解していました。私たちが価格転嫁をしないと、状況が悪化して供給や流通が止まってしまうおそれがあり、そうなると取引先も困ってしまうので、交渉はスムーズに進みました」
持続的な取引を可能にするための「2つのポイント」
とはいえ、オークツが価格転嫁を実現できた要因は「社会的にも価格交渉しやすかった」というタイミングだけではない。「とくに地方では、単に値上げしたい、仕入れ価格を下げてほしいとお願いするだけでは交渉が成立しない」と大江氏は強調する。
「都市部ならば取引先が多く、選ぶ余地があるかもしれませんが、人口減少が加速している地方では選択肢が少なく困難です。そこで、自社だけが生き残ろうとするのではなく、地場のサプライチェーン全体を見てそれぞれが生き残れる価格を一緒に考えていく必要があります。自社、取引先、消費者が満足できる『三方よし』が非常に大切です」
具体的にはどうすればいいのか。オークツは、商品の性質によって2つのアプローチを使い分け、価格転嫁を実行していった。
1つは「物価スライド」による値上げ。物価上昇率に合わせて、小幅に上げていくアプローチだ。
例えば道の駅のカフェで販売するコーヒー。2022年のオープン時に300円だったのを、現在(25年9月時)は330円と10%増にとどめている。カフェにはなくてはならないメニューだが、コーヒーは多くの店で取り扱いがあるため消費者に適正価格のイメージがあり、大幅な値上げの余地が少ないからだ。
そこで重要になるのが「付加価値向上」による利益の確保だ。「そこでしか買えない商品を開発し、消費者納得の価格で多めに稼ぐ」という、もう1つのアプローチである。
具体例の1つが、カフェメニューのカレー。22年には「やんばるビーフカレー」として850円だったのを、現在は「やんばるホロホロな豚カレー」として1100円で販売している。沖縄の在来豚であるアグー豚の中でも希少な、パイナップルを与えられて育った「アグー パイとん」を使い、まさに「そこにしかない」付加価値を生み出し、それに合った値段を付けている。

2022年(道の駅オープン時。画像上)と25年(画像下)のカフェメニュー。コーヒー(300円→330円)のように「物価スライド」で対応するものと、カレー(850円→1100円)のように「付加価値向上」で大幅な単価アップを図るもの、2つのアプローチが見て取れる。和牛ステーキなど高価格帯メニューの追加も、約20%という単価増に貢献している
「コーヒーもそうですが、主力商品には顧客がついているため、大幅な値上げは現実的ではありません。そこでコストが上がる中で利益を確保するためには、新たな商品開発しかありません。『そこでしか買えないものや体験』をいかに徹底していくかが、自社の競争優位性とサプライチェーン全体のプラスにつなげるカギだと思います」
「自社の強み」と「市場の売れ筋」を組み合わせる
しかし、「物価スライド」はともかく、「付加価値向上」につながる新たな商品開発となると、どこから手をつけたらいいのかわからないという人は多いだろう。そう聞くと、大江氏は次のように答えた。
「私たちも、これまでさまざまなプロジェクトに携わる中で、数え切れないほどの失敗をしてきました。そこから学んだのが、まったく自社に関係のない領域ではなく、つねに延長線上でチャレンジしていくことです。
『道の駅 やんばるパイナップルの丘 安波』もそうですが、人材や技術、生産設備といった自社の強みを分析、分解して、今のトレンドや消費者ニーズに合わせて既存の商品を進化させることが成功につながると考えています。そのためには、まずは自社の製品や資源、現場をしっかりと理解することが重要です」
自社製品の理解で重要なことは、構成要素を分解して「売り」となる特徴をいくつか切り出し、市場の売れ筋と組み合わせることだという。オークツは、「道の駅 やんばるパイナップルの丘 安波」の名前にもある「パイナップル」の6次産業化でそれを実践した。
「国頭村のある沖縄本島の北部はパイナップル生産が盛んです。しかし、青果として販売すると市場価格に左右されるだけでなく、人手も必要になります。収穫だけでなく、品質や大きさ、状態に基づいて選別する『選果』の作業は熟練の技術が不可欠だからです。
そこで、生産したパイナップルをサイズにかかわらず加工し、商品に仕上げる6次化の取り組みを始めました」

まずは道の駅オープンの目玉商品として台湾式のパイナップルケーキを開発し、330円で販売して人気商品となっていた。しかし、この商品は原価率が高く、量産も難しい。また、日持ちがしないなどの理由により道の駅での販売にとどまっていた。
そこで、改めて市場の「お土産品の売れ筋」を探り、たどり着いたのがクッキーだった。
「身近な例では、大手ECサイトの売れ筋ランキングを見れば、地方にいても世の中のトレンドを把握することができます。また、空港や物販施設の土産物のランキングでつねに上位なのがクッキーであったため、パイナップルの加工品と組み合わせてみました。
パイナップルは加工を通じて糖度の調整ができるので、規格外品における味の個体差や大きさ、等級も関係ありません。また、生産者である農家にとっても選果作業が不要になるので、B級品だけ売れ残るといったこともなくなります。
その結果、農家は手間を削減でき、規格外品も収益化できる。私たちは付加価値の高い商品の原料を安定的に確保でき、消費者はここでしか買えない特別なお土産を手に入れられる。まさに『三方よし』の関係といえます」

こうして誕生したクッキーに、地元の野鳥「ヤンバルクイナ」をモチーフにしたマスコット名を配した「クイナッチやんばるソフトクッキー」。販売価格は10個入りで1480円と消費者が購入しやすく、利益も確保できる価格に設定、「そこでしか買えない」付加価値もあるため、沖縄県内のほかの道の駅にも販売チャネルが広がっているという。
「勝ちパターン」の確立が成長の好循環に
見逃せないのは、そうした「勝ちパターン」ができると、次々に派生する動きが生まれていくことだ。大江氏は「乗っかってくれる人たちがどんどん増えていく」と語る。

「すでにパイナップルだけでなく、黒糖(サトウキビ)などを使ったプロジェクトも始動しています。さらに沖縄本島対岸の鹿児島県にある与論島とも共同で進めています」
収益性の向上が地域連携を強化し、新たな取り組みにつながる。そうした好循環は、前出のコロナやHACCPといった変化への柔軟な対応力になっていく。
「次に変化としては『脱炭素』の動きは要注意です。2028年度に化石燃料の輸入事業者などへの化石燃料賦課金の導入が予定され、光熱費の高騰が予測されています。
また、『人口減少』はさまざまな未来予測の中で確度が高い部類に入るため、地域における労働力減少による人件費の高騰と、消費市場の減少は避けられません。
そのため、人口増に伴う売り上げの自然増の時代は終わり、利益を確保するためではなく売り上げを維持し事業の持続可能性を確保するために、随時の価格転嫁が必要な時代が到来していると思います」
ただ物価上昇に伴う値上げだけでなく、売れる付加価値商品の開発をセットで行うことが、これまで以上に求められる時代。価格交渉・転嫁は、事業者が生き残るためのアクションにとどまらず、商品開発力を高め、地域連携を強化する重要なプロセスとして捉えるべきだといえそうだ。
>よろず支援拠点について、詳しくはこちら