「認知症のない世界」へ挑む、エーザイの使命とは 内藤景介COOが語る「新しい答えが創る未来」

「ゼロからイチ」を生み出すベンチャー精神
切り開いた、世界初の治療薬
「チョコラBB」ブランドをはじめとするビタミン剤や栄養ドリンクを開発・販売している製薬会社――。
エーザイの企業イメージは?と問われると、多くの方がそんな感想を抱くかもしれない。
しかし、その姿はエーザイの一面にすぎない。40年以上前から認知症治療薬の研究に取り組み、それまで治療法がなかったアルツハイマー病に対して、1990年代には実質的に世界初となる治療薬を開発。そして、2023年にはアルツハイマー病の根本原因に作用する世界初の新薬を世に送り出し、再び世界の注目を集めた、まさに認知症領域における世界のリーディングカンパニーだ。その根底には、つねに「ゼロからイチ」を生み出すという、創業以来の強いベンチャー精神が息づいている。
「通常の経営判断では承認が下りないであろうことにも、挑戦し続けてきた。ゼロからイチを生み出し、世界初の価値を提供することが、エーザイの使命だと考えています」
40年以上にわたり認知症の治療薬開発を進めてきたエーザイの歩みを、COOの内藤景介氏はそう振り返る。

代表執行役専務
Chief Operating Officer/Chief Growth Officer
内藤 景介氏
「認知症治療薬の開発は、当社の企業理念である『ヒューマン・ヘルスケア(hhc)』マインドの下、患者様とご家族のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に貢献したいという想いで推進してきました。認知症治療薬開発に取り組み続けるのは、そんな私たちの想いの結果の表れです」
エーザイは1987年より筑波研究所にて認知症の創薬研究を始め、認知症の6割以上を占めるアルツハイマー病に対して一時的に症状の進行を遅らせる対症療法薬の開発に実質的に世界で初めて成功し、97年に米国で発売をスタートした。
「当時、認知症は『痴ほう』と呼ばれ、一般には治療対象としての疾患として認識されていませんでした。そのような時代において、この薬剤は、アルツハイマー病の治療における『一筋の光明』となり、現在までに100カ国以上で承認され、現在でも標準治療として世界中で広く使われています。しかし、対症療法薬の限界も感じ、根本原因にアプローチする治療薬の開発を進めることになりました」
そこから、次世代の治療薬として、アルツハイマー病の発症や進行そのものを抑える治療薬の開発を進めたが、その道は困難を極めた。開発を断念するほどの状況が幾度となく訪れる中、それでも挑戦を続けられたのはなぜか。それは、対症療法薬の発売以来続けてきたhhc活動(※)を通じて知った、患者や家族の「憂慮」を取り除きたいという「執念」だった。
※患者様と生活者の皆様の心の奥底にある想いに気づき、感じ、共感するために、世界中の全エーザイ社員が、ビジネス時間の1%を患者様と生活者の皆様と共に過ごす活動
「創薬の根幹となるアルツハイマー病の発症メカニズムの仮説自体に疑念が生じるなど、絶望的な状況であっても挑戦を続けられたのは、何としても患者様とご家族に貢献したいという社員たちの執念があったからこそ。『ゼロからイチ』を生み出すまで、信念を持って開発を進めてきたのです」
世界中の製薬会社が、アルツハイマー病の治療薬の開発に難航する中、エーザイはついに、世界で初めてアルツハイマー病の根本原因に直接アプローチし、認知機能の低下を抑制する新たな治療薬の開発を成し遂げた。
「科学・勇気・執念」の精神から生まれた
「認知症に、新しい答えを。」プロジェクト
認知症の克服という極めて困難な社会的課題に挑む力の源泉は、1941年の創業以来貫く、自社によるイノベーション創出へのこだわりだ。その背景には、エーザイならではの企業文化があると内藤氏は話す。
「当社は創業80年を超えましたが、長い歴史を持つ企業の多い製薬業界ではむしろ『若手』です。創業以来、エーザイには『自らイノベーションを創出し、まったく新しい領域に挑戦する』という、『ゼロイチ』のベンチャー精神が深く根付いています。
認知症の対症療法薬の開発から始まり、アルツハイマー病の根本原因に直接アプローチする新薬の開発へと、何十年にもわたり莫大な投資を続ける。こうした経営資源の投資ができるのは、私たちがユニークなベンチャー精神に基づくチャレンジを何よりも大事にしているからです」
認知症という難しい領域で、前人未到のチャレンジに突き進めるのはなぜか。
「誰もやらないなら私たちがやる、という『勇気』。絶対にできると信じる『執念』。そして、それを裏付ける徹底した『科学』的検証。泥臭い言葉に聞こえるかもしれませんが、この3つの精神がそろっていれば、人類の未来を開拓できると、私たちは本気で信じているからです。これらの精神があったからこそ、アルツハイマー病の根本原因に直接アプローチする新薬という『新しい答え』を生み出すことができたのです」
エーザイがその歩みをさらに加速させるため開始したのが、「認知症に、新しい答えを。」プロジェクトだ。
「最初に、認知症について正しく知ってほしい。そのうえで、患者様、生活者や医療従事者、それぞれの立場で新しい答えを見つけてほしいのです。単なるビジネスとしてではなく、認知症と向き合うすべての人をサポートしたい。そんな私たちの想いを広くご理解いただき、共に認知症の克服を目指すプロジェクトです」
治療薬の限界を知る者の「責任」
認知症エコシステムで描く社会的課題の克服
認知症への理解を深め、克服に向けて新しい答えを模索するプロジェクト。エーザイを次なる挑戦へと突き動かすのは「私たちがやらなければならない」という強い使命感だ。
「私たちは製薬会社ですので、誰よりも治療薬の可能性を信じています。しかし、それと同時に、治療薬だけでは解決できないという『限界』も知っているのです。だからこそ、治療薬以外の分野でも、認知症を克服するために挑戦するのが、私たちの責任だと考えています」
その責任を果たすためのアクションの一つが、「認知症エコシステム」の構築だ。製薬会社の枠を超え、患者と家族の言葉にならない思いに寄り添い、社会的課題としての認知症の克服を目指す。
「認知症エコシステムを通じて、先進的なテクノロジーの活用や、志を同じくする他産業との提携など、あらゆるアプローチで認知症の克服を目指します。治療薬はもちろん重要ですが、あくまで手段の一つです。診断・治療・ケア、そして生活支援まで、あらゆる場面で患者様とご家族を支える仕組みをつくっていきたいと考えています」
この認知症エコシステムの構築と並行して、「認知症に、新しい答えを。」プロジェクトを推進することにも大きな意味がある。
「認知症という社会的課題は、私たちだけで解決できるものではありません。私たちの取り組みだけでなく、全国で認知症に真摯に向き合うさまざまな団体、個人の皆様の実践に光を当て、社会に広く届けていきたい。そうして『みんなが関わる社会的課題』として、取り組みをもっと加速させていく。このプロジェクトには、そうした方々へのエールと、社会全体を巻き込んでいきたいという強い想いが込められています」
認知症と共生するための社会インフラ
エーザイが描く、その先の未来
エーザイが認知症エコシステムで目指すのは、単なる支援サービスの集合体ではない。誰もが認知症とともに、あるいは認知症になる不安なく、自分らしく「生ききる」ことができる「認知症共生社会」の創造である。内藤COOがその壮大な構想の先に見据える未来を語る。
「認知症の社会的コストは今後、全世界で拡大すると予測されています。とりわけ、日本ではご家族によるケアの負担が大きな課題です。こうした社会的課題に対し、治療薬という『点』の貢献だけでは不十分であり、認知症エコシステムという『面』での解決策を社会に実装していきたいと考えています」
認知症エコシステムはまさに解決策の設計図である。医療従事者、研究・行政機関、そして多様な業界の企業が連携するネットワークを構築。それにより、個人の健康状態や生活環境に合わせた予防、診断、治療、そして生活支援や予後に至るまでを、一気通貫でつなぐ包括的なソリューションの提供を目指す。

「デジタル技術を活用した認知機能のセルフチェックツールや、自分に合った認知症に関する情報やサービスを見つけるツールなど、治療薬以外の領域のアプローチを多角的に組み合わせることで、人々が必要なときに必要な支援を、もっと身近で受けられる社会を実現していきます」
自分たちがやらなければならないと信じる道を突き進む。それが結果的に新たな社会価値を創造し、結果として会社の成長につながる――。インタビューの最後に、内藤COOはこう締めくくった。
「患者様や生活者の皆様、そして社会から『エーザイがあってよかったね』、そう言われるような企業でありたい。新薬の開発や認知症エコシステムの構築は、私たちの新たな出発点です。ここで得た知見やネットワークを生かし、さらに大きな社会的インパクトを創出していきます。これからも『科学・勇気・執念』の想いを胸に、挑戦を続けていきます」