「両利きの経営とPDF」にある意外と深い関係 入山教授「PDFは石油並みの資源」納得の根拠

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早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄氏
早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄氏
ビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変わる今、既存事業を深化させながら新たな価値を創造する「両利きの経営」の必要性はますます高まっている。一方、「知の深化」と「知の探索」を同時に高いレベルで行い、「経営知」として集積して活用するのは容易ではない。この課題解決のため、PDFソリューションであるAdobe Acrobatのツール群を進化させているのがアドビだ。どのような進化を遂げているのか。「両利きの経営」という概念を発案した早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が、アドビ Document Cloud プロダクトマーケティングディレクターの山本晶子氏に聞いた。

PDFは、最も重要なデジタルインフラの1つ

入山 章栄氏(以下、入山) 僕は学者なので、毎日PDFを使っています。論文がすべてPDFだからです。使っていて思うのは、PDFはあらゆる知をつなぐ、共有言語のようなものだということです。

どんなOS、デバイスでも開けますし、加工や編集も自由にできます。しかもセキュリティが高いので、論文はもちろんですが世界中の知的財産はほぼPDF化されています。意外と指摘されませんが、この30年で急速に発展したデジタルインフラの中でも、最も重要なものの1つがPDFだと感じています。

山本 晶子氏(以下、山本) 私たちアドビも、世界のDXを牽引してきたという自負があります。PDFは、32年前の1993年に初版を正式発表し、誰にでもどんなデバイスでも使える、誰もが伝えたいことをそのまま伝えられる環境をつくりたいという思いで開発をしてきました。PDFの閲覧や、印刷、署名、共有、コメントなどができるビューアとしてAcrobat Readerを無償で提供しているのもそのためです。

そうした思いがあるので、セキュリティにもかなりの投資をしてきました。受け取ったPDFを開いたらウイルスに感染してしまう、ということがないように、悪意のあるコードが埋め込まれていたら開くときに検知する保護モードが備わっています。現在も、グローバルで常時セキュリティ強化に取り組んでいます。

アドビ プロダクトマーケティングディレクター 山本晶子氏
アドビ Document Cloud プロダクトマーケティングディレクター
山本 晶子

――PDFの活用法が今、大きく進化しています。AcrobatにAIアシスタントが搭載されたため、生成AIを使ってPDFに含まれる情報へのアクセスがより効率的になりました。

入山 PDFの中にはデータベース化できていない非構造データも多く、AIに学習させるのが非常に難しいですよね。これまでは膨大な情報資産であるPDFファイルの山を活用するのは大変でしたが、一気に活用しやすくなりました。

山本 実はアドビでは、10年以上前から本格的にAIの研究を進めてきました。入山先生がおっしゃってくださったように、契約書や報告書、知的財産に関する多様な書類など、重要な情報資産のほとんどはPDF化されていますが、非構造データのままで眠っている状態であることも多かったんです。

そこで、アドビはPDFの構造化を支援し、PDFから必要な情報を適切に抽出することに力を注いできました。最近では、2024年4月から英語版で、日本語版は25年2月に、新たな生成AI機能「Acrobat AIアシスタント」の一般提供を開始しました。ドキュメント内容の要約や質問への回答を行うほか、どのPDFのどの部分から引用したかを示す(出典)のリンクも自動的に付与されるようになっています。

AcrobatのAIによって、「知の深化」は不要になる

入山 Acrobat AIアシスタントは、情報資産の活用に革命を起こすのではないかと思っています。なぜならば、これから間違いなく自社ネットワーク内のみでAIを活用する「プライベートAI」の時代がやってくるからです。

現在使われている生成AIは、インターネット上にあるパブリックなデータを学習しています。このデータは、あくまでも誰でもアクセスできる希少性のないデータ。重要なデータは個々の社内に蓄積された社外秘データですよね。

早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄

逆に言えば、会社ごとに異なり、基本的に外に出ないようにしているデータは競争力の源泉です。このデータにはたくさんのPDFが含まれるんですよ。山本さんがおっしゃったように、眠っていたPDFをAIに読み込ませるだけで、一気に活用できる情報資産が増えます。そうなると「両利きの経営」のやり方が変わってきます。

「両利きの経営」は、社内にある既存の知を掛け合わせる「知の深化」と、新たな知を組み合わせる「知の探索」を同時に行うという考え方ですが、「知の深化」は論文を読むといった定型作業の繰り返しなんです。PDFを読み込むAcrobat AIアシスタントがあれば、もう人間が「知の深化」をする必要はなくなります。「知の深化」はAIが行い、それで捻出できた時間とエネルギーを「知の探索」に回せるようになります。

山本 アドビの調査では、特定の分野で高い専門知識やスキルを持つビジネスプロフェッショナルは、1週間のうち約8時間も探しものをしている(※)ことが明らかになっています。実際、論文や書類、メールなどを探す時間は無駄なので、AIを駆使してできるだけその時間を短縮し、人間にしかできない考える時間に充てるべきです。Acrobat AIアシスタントを活用することで得られるベネフィットは、そうした時間を増やせることだと思います。

入山 本当におっしゃるとおりです。そもそも、「知の探索」は人間にしかできません。イノベーションや価値創造は新たな取り組みなので答えがないからです。答えがないので、判断は人間がしなくてはなりませんが、そうやって判断力を高めることで価値創造力も上がり、企業としての競争力を向上させることができるでしょう。

PDFはプライベートAI時代の到来で「石油」に進化する

山本 Acrobat AIアシスタントによる「知の深化」は、さまざまなユースケースが想定できます。例えば保険会社だと膨大な契約書がありますが、過去10年間のデータの推移や特定期間の比較などがすぐにできます。多数の事業部があるメーカーなどでは、各事業部が作成する資料の要素をAcrobat AIアシスタントで集め、共有することでスピーディな開発を進めることもできるでしょう。

入山 僕の見立てでは、アカデミアや基礎科学の分野でディスラプションが起こります。実際、ある化学メーカーでは、これまで研究者がバラバラに論文を読んでいたのを、世界中の論文をAIで集めてプライベートAIに読み込ませ、整理・マッピングをするという取り組みを進めています。そうすると、世界のニーズとともに自社で不足している取り組みが把握でき、より効率的な研究開発を進めることが可能となるわけです。

――クリエイティビティ(創造性)の民主化​に関してもアドビでは取り組みを加速しています。

入山 Acrobatを通じてクリエイティブ編集ソフトをシームレスに使えるようになれば、例えば研究開発の取り組みをデモ動画にして社内で共有できるのではと期待しています。

山本 すでに生成AI「Adobe Firefly」が多数のクリエイティブソリューションを提供するAdobe Creative Cloudと連携し、イメージに合う画像や動画を生成できるようになっています。具体的な指示をしなくても自律的に実行するAIエージェントの機能や、ユーザーのニーズに合わせてカスタマイズできる機能も実装しました。無駄な業務を減らしつつ創造性の高い業務を支える仕組みにしていきたいと思っています。

入山 まだAIの活用は「AI2.0」という段階には程遠く、せいぜい「AI0.3」程度です。パブリックAIは使われるようになりましたが、会社のデータにひも付いていないので、ビジネスに対するインパクトはまだ低いのが現状です。

しかし、プライベートAIに移行すると、繰り返しになりますが、社内で眠っていた情報資産であるPDFが活用できるようになります。これは、化石が石油となり、人類に欠かせない資源となったように、「プライベートAI時代の石油」に相当する価値があります。しっかりと使い倒すことで、石油がそうだったように経済発展に大きく寄与する可能性があります。

入山氏と山本氏 対談の様子
山本氏は、アドビ・米国オフィスより中継にて参加

山本 自社でプライベートAI環境を開発しなくても、Acrobat AIアシスタントを活用すれば自社のPDFの中から未開拓の情報資産を掘り起こすことができます。そうすれば社内全体の業務効率化が進み、質の高い成果にもつながります。低コストで最新のAI機能を備えた、ビジネス用途にも安全な環境を整えられるので、ぜひ試していただきたいと思います。

入山 デジタルツールのコストは総じてリーズナブルになっていますので、私は、中小企業も積極的に導入すべきだという話をいろいろな所でしているんです。その中でもAcrobatは、導入コストに比べて業績へのインパクトが大きいので、とくに中小企業にとってはチャンスですね。あとは、「知の深化」が不要になることで、人材を適切にシフトできるようになると思います。日本全体の生産性を高めるという意味でも、アドビさんには大いに期待しています。
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※出典:© London Research 2024