約5000億円の変革効果を生んだIBMのAI活用術 自社実践で得た、AI導入を成功させる道筋とは

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日本IBM 執行役員トランスフォーメーション&オペレーションズ担当 小野健二氏(写真右)と、コンサルティング事業本部人事担当 香田絵里氏(写真左)
急速に変化する現代のビジネス環境において、企業は多様なニーズに対応しながら、持続的成長と競争優位性を確立しなくてはならない。そうした状況下で、AIや生成AIの活用はもはや当たり前になりつつある。他方、AIや生成AIを導入したものの、思ったように成果が出せないという企業もあるだろう。どのように活用を進めていくのがよいのか。自社を「ゼロ番目のクライアント」と位置づけてAI活用を推進し、大きな成果を上げているIBMの取り組みに着目した。

IBMが自社実践から導いた、DX推進に重要なカギ

IBMは、自社を「ゼロ番目のクライアント」と捉え、最新のテクノロジーやソリューションを導入・活用する「クライアントゼロ」という取り組みを実践している。特定の部門や地域で小さく試験的に始め、フィードバックを獲得して試行錯誤を繰り返した後、全社に展開。そうして得た経験や知見を、顧客の成功につなげるのが狙いだ。

2024年度には、35億ドル(約5000億円)相当の生産性改善を実現した。21年度に立てた目標(20億ドル=約2800億円)を1.75倍も上回るという、想定以上の成果を上げている。

なぜそこまでの成果が得られたのか。日本IBMで社内変革および業務オペレーションを担当する執行役員の小野健二氏は、AIそのものの性能向上に加え、「変革のためのフレームワークの実践がある」と説明する。

日本IBM 執行役員 トランスフォーメーション&オペレーションズ担当 小野健二氏
日本IBM
執行役員 トランスフォーメーション&オペレーションズ担当
小野 健二

このフレームワークは、変化を前向きに捉える「グロースマインドセット」、迅速に実行する「スピード」、具体的な目標を設定する「メジャメント(測定)」、そしてリーダー層による強力な導きと発信「スポンサーシップ」の4要素から成る。

とくに「スポンサーシップ」の重要性は高く、「リーダーが力強くメッセージを送り続けることが大切です。時には変わらないとこうなってしまうという危機感を、時には明るい未来を示し続ける。

それによって、社員のマインドセットを変え、モチベーションを高めることができます。当社でも、社長が毎日メッセージを発信し、一過性ではなく継続的なアクションであることの浸透に努めています」と小野氏は話す。

IBMは1990年代に巨額の赤字を出して以来、長年にわたり自社変革に取り組み、「変わることの難しさ」も経験してきた。その積み重ねの結果、AI活用を含む継続的なDXの推進には、前述のフレームワークにも通じる「トップのリーダーシップ」「明確なターゲット」「チェンジ・マネジメント」に加え、「ユーザー起点の業務改善」「地域(各国)部門の役割」「リスキル&アップスキル」という6つのドライバーが不可欠だと位置づけている。

継続的なDX推進のドライバー

「解決すべき課題を最もよく知るのは現場のユーザー部門であり、その視点からの改善活動を支援する環境や場を提供すること。同時に、全社で一貫した施策の展開と、各国・地域の文化や言語を踏まえた役割の設定、そして経営戦略に基づいたリスキル・アップスキルの機会を提供することが大切です」(小野氏)

営業活動に関するQ&Aが生成AI活用で大きく進化

こうした考えの下で、IBMはAI活用を推進している。KPI管理のダッシュボード化に始まり、人事業務、製品サポート、営業活動支援、購買・サプライチェーンなど、さまざまな領域で効率化や生産性向上に取り組んできた。

例えば営業活動支援部門では、営業からの問い合わせ対応にAIを活用している。2022年に、従来型AI「Watson」を使ってチャットボットで自動回答する仕組みを構築。その結果、月間3万件あった問い合わせのうち、2000件を自動化することに成功した。

しかし一方で、「Q&Aデータベースのメンテナンスの手間が大きい」「適切な回答をもらうにはキーワードの一致が必要」「回答が資料URLのみ」など、回答の精度や運用には課題があったという。

AIの活用による問い合わせ対応の進化

これに対し、23年に生成AI「watsonx(ワトソンエックス)」を導入したところ、状況は大きく改善。資料保存先からwatsonxが自動で最適な資料を選定し、それを要約して自然言語で回答を生成することが可能に。参照元URLも表示され、継続質問にも対応できるようになった。

「これにより、回答時間は91%短縮できたほか、回答のためのメンテナンス工数も大幅に削減しました。現場からは『時間の節約になった』『すぐに問題解決できた』といった声が寄せられています」と小野氏は手応えを語る。

人事業務の変革につながった生成AI活用法とは?

人事業務でも、人事運営費用を40%削減するなど、AIを活用した抜本的な変革が進んでいる。人事領域を担当する香田絵里氏は、「2015年から10年間にわたり、業務・システムの統合、『HR Data & AIチーム』の立ち上げ、Watsonを使ったAIチャットボットの導入など、段階的にHR変革を進めてきました。近年は生成AIのwatsonxも活用して、より生産的に効率よくできる方法を探求しています」と語る。

日本IBM 理事 コンサルティング事業部 人事担当 香田 絵里 氏
日本IBM
理事 コンサルティング事業部 人事担当
香田 絵里

この変革には、「AskHR」と呼ばれるAIエージェントが大きな役割を果たしている。これまで別々のシステムにアクセスする必要があった休暇申請、学習時間確認、経費精算などの手続きが、AskHRに窓口を一本化して、シームレスにできるようになった。

また、社員のスキルやキャリアデータを統合し、AIがパーソナライズされた学習コンテンツや研修を本人にレコメンドする仕組みも構築。社員のキャリア開発および能力開発を支援している。

さらに、経営層や事業部門のリーダーと人事担当が連携するHRBP(HRビジネスパートナー)の体制も見直した。HRBPはシニアマネジメント層のみにアサインし、ほかのマネジメント層に対しては特定のパートナーを付けず、必要なときはAskHRを通じて担当者につなぐ形に変更した。これにより効率的、包括的なサポートが可能になったという。

「これらを実現するまでには、従来の業務プロセスの中の無駄を排除し、シンプルにし、自動化するというステップを踏んできました。小規模で試みる中でも、いろいろなアイデアを募り、まずはやってみるという精神でやった結果が、グローバルでの展開に結び付いています。

今後は、AIエージェントを活用して、人はより高度な業務だけを担う『エージェンティックHR』というモデルの構築にチャレンジしていきます。スキルや志向を踏まえた異動・配置転換のレコメンドのほか、マネージャーが適切に昇給を決定するためのサポート、さまざまなデータと照合したうえで離職意向を先読みして引き留めを行うといった機能も、AIと協働しながら果たしていく考えです」(香田氏)

AI製品とノウハウで、顧客の「生産性向上」をサポート

AI活用の推進によって、さまざまな業務が効率化し、中には自動化できるプロセスが多いことも見えてきた。そうなると、業務はどのように変わっていくのだろうか。香田氏は人事業務を引き合いに、「オペレーショナルな業務が減り、戦略および分析に関する業務が増える」と説明する。

AIの活用で人事業務はどう変わるか
IBMが想定するAI活用が進んだ今後の人事業務。左側が生成AI活用以前の業務内容で、黒い線がAIの担う業務を指している。生成AIの導入により全体の半分近くがAI化し、「戦略&分析」業務が増えるとの見立てだ

「従来は、そもそも戦略・分析に生かせるデータを把握するのが簡単ではありませんでした。しかし、AI活用が進むことで、把握できるデータ量もインサイトも増えますし、ドリルダウンして分析もできます。

AIエージェントを稼働させている当社では、限られたシニア層だけでなく、人事部門全体でビジネス戦略に基づいた施策の道筋を見つけやすくなりました」(香田氏)

データが把握しやすくなったことで、グローバルで少数精鋭のチームが全社の施策を見る「全社スクワッド」も実現。現場の社員とコミュニケーションを取りながらアジャイルに対応することで、人事部門だけでなく現場とともに人事施策を展開する雰囲気が醸成されるという効果も出ているという。

そうした実現を支えているのが、AIエージェントを構築するプラットフォーム「watsonx Orchestrate(ワトソンエックス・オーケストレート)」だ。チャットインターフェースから自然言語で依頼すると、AIエージェントが複数システムを利用して業務を自動的に完了させる、といった仕組みを作ることができる。40以上のアプリケーション、100以上のスキルがすでに組み込まれており、ノーコード・ローコードで業務の自動化を迅速に図ることができる。

「もちろん、AIや生成AIを導入すればすぐ変革が実現するわけではありません。経営戦略に基づいたデザインの下、フロントからバックエンドまで、業務プロセスの一つひとつを見直していく必要があります。

その点、私たちIBMはクライアントゼロとして、長年にわたって新たなテクノロジーを活用し、自社の変革に取り組んできました。どこを変えるのが大変なのか、変えるために必要なアクションは何かというノウハウを積み上げており、製品とともにお客様の生産性向上につながるご提案ができると思っています。ぜひお気軽にご相談いただきたいです」(小野氏)

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