観光資源の価値を最大化するV-Tec活用最前線 「バーチャル×リアル」があなたの旅を変える!

絶滅生物が動物園に? 驚きが生まれるリアルとバーチャルの融合体験
例えば動物園で、トラやライオンなどの猛獣がいるエリアに突然、太古に絶滅したはずのサーベルタイガーが姿を現したら? ダチョウたちのエリアで、SF恐竜映画などにも登場する小型肉食恐竜ヴェロキラプトルが一緒に跳びはねていたら? あるいは巨大水槽の中を、魚たちの群れと一緒にフタバスズキリュウが悠然と泳いでいたら? ──現実にはありえないはずの光景に、誰もが驚くことだろう。
これは決して空想の話ではない。バーチャルテクノロジー(V-Tec)活用の一例だ。透明な高精細ディスプレーにVR(仮想現実)やAR(拡張現実)の映像を投影するなど、現在のバーチャルテクノロジーの技術で十分実現が可能である。将来ホログラフィー技術などが発達すれば、もっと刺激的でユニークなコンテンツも提供できるようになるだろう。

「バーチャルテクノロジー」と聞くと、専用VRゴーグルを装着して楽しむ映像やゲーム作品などをイメージすることが多い。しかし近年、注目を集めているのは、バーチャルテクノロジーのリアル空間での活用である。冒頭の動物園の例のように、リアル世界の体験価値をバーチャルテクノロジーの力で高めていく試みだ。
この試みが注目される要因は、主に2つあると三菱総合研究所(MRI)研究員は指摘する。
1つは、独特な体験価値の魅力だ。専用ゴーグルなどで鑑賞するバーチャル映像ももちろんすばらしいが、あくまで仮想の世界である。これに対し、リアル世界の動物園で、実在の動物たちのそばに絶滅生物の姿を投影できたら、その大きさや動き、生態をいっそうリアルに感じることができ、新しい学習体験を得られる。動物園の教育的価値を高めることにもつながるだろう。そもそも映像体験としても新鮮で、面白いはずだ。
「技術的な制約もあり、あらゆる視覚情報をバーチャルテクノロジーで精巧に描くのは現時点では難しく、仮にやろうとしても相当なコストがかかります。むしろリアル世界の事物をできるだけ活用して、そこにバーチャルテクノロジーを上乗せするほうが、仮想映像がより魅力的に見え、リアル空間の価値も高められると期待できるのです」(MRI研究員)
そして、バーチャルとリアルの融合が注目されるもう1つの大きな要因は、人の移動を促し、経済活性化につながるという点だ。
「テクノロジーの進化により、いずれは『バーチャル万里の長城』や『バーチャル渋谷スクランブル交差点』など、仮想空間で国内外をめぐるさまざまな旅行ツアーを実現できるかもしれません。それはそれで面白いのでしょうが、人の移動にはつながりません。リアルの観光地を訪れる人が減れば、地元に落ちるおカネも減って、地域経済にも貢献しません。この点に当社でも課題意識がありました」(同)
これに対し、リアルとバーチャルを融合させたコンテンツは、万里の長城や渋谷の交差点などの現地を実際に訪れて初めて体験できるものだ。各地の観光資源の価値を高め、人の移動を伴うことで地域経済への効果も期待できる。

バーチャルテクノロジーが旅を演出。全国で進む新たな観光手法
この観点でバーチャルテクノロジーを観光資源の価値向上に活用している例が、すでに日本国内でも登場している。その1つが、“恐竜県”として知られる福井県で運行している「観光周遊型XRバス」だ。車内のすべての窓を液晶ディスプレー化し、恐竜が登場するVR映像や走行中の車外映像と仮想空間を重ねたAR映像を投影する。福井駅から地元の県立恐竜博物館へ向かうコースが路線運行されており、バスに乗りながら太古の恐竜時代にタイムスリップしたかのような体験を味わうことができる。
もちろん恐竜を再現したVR・AR映像だけなら、自宅のテレビやスマホでも見られるだろう。このプログラムでは、走行中のバスのスピード感に合わせて、窓の外を恐竜が追いかけてくるような演出を行っているのがポイントだ。地元の恐竜博物館へ向かうバス道中だからこそ、バーチャルテクノロジーが独自の体験価値を生み出している。約1時間のバス移動を、乗客に退屈せずに過ごしてもらう狙いもある。
「このような試みは『バーチャル周遊バス』と呼ばれます。実際の景観や移動に伴う加速・減速感と連動させた映像コンテンツを提供することで、乗客はその世界観に深く入り込み、印象的な観光体験を得られます。地元にゆかりの歴史上の人物のエピソードと映像表現を組み合わせたり、映画・ドラマのロケ地巡りと連動させたり、さまざまな応用が可能です」(同)
このほかにも、観光資源の充実を目的としたさまざまなバーチャルテクノロジー活用が考案されている。MRI研究員に代表例をいくつか挙げてもらった。
①バーチャル窓
その場でしか得られない「風景」という観光資源を、バーチャルに再現するもの。具体的には、窓枠に合わせて大型のディスプレーを配置し、その場所で見ることができる季節の風景などを適切な縮尺で表示する、といった方法だ。

「観光客は、来訪時期や天候によらず、季節や時間帯により印象変化する風景を楽しめるため、来客の極端な集中を緩和できると期待されます。また満開の桜や紅葉、雪景色など、自分が訪れられなかった季節の風景を疑似的に体験するので、再訪意欲の向上にもつながるでしょう」(同)
②バーチャル技術ガイド
伝統工芸品の制作を実際の工具とバーチャルな没入映像で体験したり、職人の手さばきを視野内で見ながら工芸品作りに挑戦したりする方法。言葉では伝えにくい微妙なコツを感覚的につかむことができ、初心者でも作品作りを楽しむことができる。医療分野では、バーチャルテクノロジーを利用して外科医の視線を学生が追体験して訓練できる装置が開発されており、それを観光資源に応用するものといえる。
③観光スポットのテレプレゼンス
テレプレゼンスとは、映像・音響表現などの活用により、遠隔地にいながらその場にいるかのような臨場感を提供する技術を指す。これを観光分野で応用するものだ。
「例えば日本アルプスのような非常に険しい山頂などの絶景スポットに360度カメラと集音マイク、風向風速計や気温計などを設置し、そこで得たデータを基に山頂の環境をふもとの施設で再現し、絶景体験を提供する、といったことが考えられます。データを保存しておけば、季節や時間帯による風景の変化などを体験することもできるでしょう」(同)
控えめだから効果的。「リアル×バーチャル」の導入ポイント
日本の多くの地域に、このような観光資源の価値向上に取り組んでほしいところだが、「バーチャルテクノロジーを活用せよ」などと言われると躊躇する地域は多いかもしれない。バーチャルテクノロジーというと高精細な立体映像を思い浮かべがちで、その実現にはソフト・ハードの両面で多額のコストがかかるため、導入するのは確かに容易ではなく、持続可能な取り組みにもなりにくい。
しかし「地域で導入していくうえでのポイントは、高度なテクノロジーに頼りすぎないこと」とMRI研究員は強調する。リアル世界の体験価値をバーチャルテクノロジーで高めていく場合、高精細・高精度なコンテンツは必須ではない。例えば「バーチャル窓」の場合、見る側は映像作品を期待しているわけではなく、あくまで窓の外の風景として捉える。実際にその場所から見えるはずの四季折々の風景が動画で映し出されていれば、高精細・高画質ではなくても十分楽しむことができる。
「バーチャルテクノロジーを観光に活用する場合、“やりすぎないこと”は非常に重要だと思います。技術的には高度であっても、地元の自然風景や伝統工芸品が持つ本来の美しさを損なうような過度のデコレーションになってしまっては本末転倒です。リアルの観光資源を引き立てるために、適切で控えめなVRコンテンツを少しだけ加える。バーチャルテクノロジーであることを意識させない程度に取り入れるほうが、結果的に観光資源の価値を持続的に高めることにつながると思います」(同)

観光だけではない。日常への活用にも期待
観光や地域の魅力化以外の分野でも、バーチャル技術は幅広い応用が可能だろう。すでに、工場視察のコース内に透明ディスプレーを設置し、実際の機械設備にVR映像を重ね合わせてわかりやすい解説を行うといった活用例が見られる。また、無人の行政サービス拠点にテレプレゼンス用のディスプレーを設置し、遠隔にいる職員がアバターを通じて窓口対応を行えるサービスも開発されている。
このほかにも、例えばオフィスに海辺の美しいリゾート地のVR映像を投影して、社員のリフレッシュやストレス軽減を図ったり、小児科病院の待合スペースにイルカやペンギンなど可愛らしい動物たちのVR映像を導入して、子どもたちが楽しく来院できる環境を作ったり、多種多様な活用方法が考えられるはずだ。リアル世界の価値向上を目指すバーチャル活用は、日本の新たなDXの潮流になりうるかもしれない。

三菱総合研究所 先進技術センター
材料・デバイス分野を中心に、技術起点調査&コンサルティング業務に従事。対象分野は宇宙環境利用、ナノテクノロジー・材料、中性子科学など多岐にわたる。2020年より先進技術センターでバーチャルテクノロジーやAIロボティクス関連研究に従事。博士(理学)。
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