しかし、日本の医療現場で働く友人の医師たちを見ていると、たしかに、今のままでは「医療崩壊」の不安がよぎるのはよく理解できるのです。日本の医療現場は、誰一人欠けてはならないギリギリの状態で動いていることも多く、そういう状況で出産のために休む女性医師が増えれば、いろいろなことが回らなくなってしまい、カバーする医師の過労、そして患者さんにまで及ぶ被害を危惧しなければならないでしょう。しかし、ここで「だから女性を、最初から医学部に入れないようにしよう」というのは、解決策になっているのでしょうか。
敵は出産の可能性がある女性ではない
女性は人生の中で数回、出産という一大イベントを経験する可能性があります。でも、出産の可能性のある女性を排除して、男性が今のままのギリギリの労働環境に耐えるということでは、誰も幸せにならない、根本的に誤ったやり方だと言わざるを得ません。
過労による自死率を職業別で見ると、医師はかなり高いのです。もっとも、この傾向は日本に限らず、どこの国でも見られることから、医師という職業の持つ負の特性なのかもしれません。今の日本の医療現場では、若い男性医師の過労死や自死のニュースを耳にすることも残念ながら多々あります。出産ばかりが取りざたされますが、男女関係なく病気をすることもあれば、事故に遭うこともあれば、家族の世話をしなければならないこともある。さらに、誰でも休暇は必要です。
だからこそ、少しでも「みんなが働きやすい」環境を整えなければならない。そこに、女性だから男性だから、既婚者だから独身者だから、などという区分けがあるはずはないと私は思います。
医療分野であれば、診療報酬や保険点数の低さだったり、医師が自らやらなければならない仕事が多すぎることだったり、デジタル化の遅れなどが目につきますが、医療だけでなく、過労はどこでも同じ。もっと構造的なところから変えていかなくては、いつまでも女性も男性も働きにくい労働環境が続くでしょう。ここでの敵は出産の可能性のある女性ではないはずです。
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子育てには「誰も対応しない」選択肢はない では、日本社会の現状と、家庭と仕事の境界線のあり方について考えます。
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内田 舞
小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長
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うちだ まい / Mai Uchida
小児精神科医。ハーバード大学医学部准教授。マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長。北海道大学医学部卒。在学中に米国医師国家試験に合格。卒業と同時に渡米し、イェール大学とハーバード大学で研修医として過ごす。臨床医としてアメリカで働く日本人の史上最年少の記録を更新。ハーバード大学付属病院であるマサチューセッツ総合病院にて臨床医として子どもたちの診察に携わる傍ら、研究者として気分障害などに関わる脳機能を解析する脳画像の研究にも尽力。研修医や医学生を指導する立場でもある。3児の母。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)、『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(浜田宏一との共著、文春新書)、『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)、『まいにちメンタル危機の処方箋』(大和書房)がある。
塩田 佳代子
感染症疫学者、獣医師、ボストン大学公衆衛生大学院グローバルヘルス学科アシスタントプロフェッサー
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しおだ かよこ / Kayoko Shioda
感染症疫学者、獣医師、ボストン大学公衆衛生大学院グローバルヘルス学科アシスタントプロフェッサー。東京大学で6年間の獣医学専修を卒業。その後、アメリカ・アトランタのエモリー大学で公衆衛生学修士号取得。CDC(Centers for Disease Control and Prevention=米国疾病予防管理センター)において、感染症疫学者としてアウトブレイクの対応、サーベイランス、疫学研究などに2年間従事。西アフリカで起きたエボラ出血熱のパンデミックを目の当たりにし、スキルの向上を目指してイェール大学の感染症疫学科に進学し感染症疫学博士号取得。WHO(World Health Organization)のコンサルタントも務める。2022年、第1回羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)の奨励賞受賞。二児の母。本書が初の著書となる。
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